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久しぶりのプラハ、久しぶりの中華料理店
ヨーロッパ旅 11日目
ただいま、5カ国目
チェコのプラハにいます



昨日の夜10時半にアムステルダムを出発したバスは正午12時半にチェコのプラハに到着した。走行時間14時間。長時間移動はそんなに苦ではない。

どこでも寝られるし、バスで読書しても酔わないし、音楽聴いたり、ラジオ聴いたり、風景を眺めていたらすぐに時間が過ぎてしまう。

今回も移動していた14時間中、10時間くらい寝てたからこの旅行中で一番よく寝たことになる。


プラハに来るのは6年ぶり。今回のヨーロッパ旅行で初めての再訪都市だ。


前回の訪問では、チェコの町に魅了された。特別な観光地といえばプラハ城くらいだけど、とにかくまた来たくなるのがプラハという町。何がよいかというと、


町がよい。

町の雰囲気がよい。


町のどのあたりが良いかというと、これは実際に来てみなければ分からない。


この国の通貨はコルナ。1コルナがだいたい5円くらいだ。今まではずっとユーロだったけど、東ヨーロッパではまだ自国通貨を使っている国が多い。バスターミナルのATMで3000円分のコルナをおろす。2泊3日だからこれくらいあれば足りるはずだ。


東ヨーロッパに来たことで、物価がかなり安くなった。
ヨーロッパでは北ヨーロッパ、西ヨーロッパ、南ヨーロッパ、東ヨーロッパの順で物価が安い。
バスターミナルで次の目的地、ハンガリーのブダペストまでのバスチケットを買ったけど、7時間も乗車するのに20ユーロと安かった。

ここからしばらくはお金を気にしないで旅ができそうだ。


プラハの地下鉄



プラハの路面電車


バスターミナルから地下鉄を利用してホテルの最寄り駅まで移動し、そこから歩いて5分ほどで宿泊するホテルが見つかった。今回の宿は「CityStay Hostel」。インターネットで予約した1泊13.5ユーロのユースホステルだ。






部屋は10人部屋のミックスドミトリー。オランダとは違って広く、過ごしやすそうだ。


キッチンもついている。冷蔵庫があるのがありがたい。


とりあえずまだ時間があるので、久しぶりのプラハの町を歩いて回った。

ホテルが前回とはかなり違う場所にあるので、初めて見るものも多く、適当に写真をとって回ったので掲載しておこう。


国立博物館


国立オペラ劇場



ヴァーツラフ広場



路上演奏



プラハの町並み



ヴルタヴァ川の湖畔


ヴルタヴァ川から見えるカレル橋とプラハ城



物価が少し下がったこともあって、アイスクリームとビールをつまみぐい。



結局3時間ほど町中をぐるぐる歩いて、カレル橋の先まで行った。カレル橋は翌日も行ったので写真は明日のブログに掲載するとして、暑い中歩き回って疲れたのでホテルに戻ることにした。

ホテルに帰る途中、火薬庫の近くにある看板に目が留まった。



頤和園飯店!




そう、中華料理店である。しかも、この店は6年前の世界一周中に米が食べたくなってかけこんだ店と同じ店ではないか。

おお、懐かしい〜


そういえば、この旅が始まって以来、米を食べていないではないか。

値段もそんなに高くなかったし、6年ぶりにその店に入ってみた。



海外をまわっていると、日本食が懐かしくなるときがある。

そんな時、旅人は中華料理店に入る。世界中には多くの国にチャイナタウンや中華料理店があるからだ。

日本料理店とは違い、値段はそんなに高くない。それどころか、現地のレストランよりも安いことが多い。

そして、不思議なことに、日本食が恋しくても、中華料理を食べると日本料理を食べたようにお腹が満たされるのだ。



鶏肉の野菜炒め&ビール(113コルナ、565円)


中華料理で腹を満たし、宿に戻ったのは夜の7時半。

すると、偶然にも同じ宿で日本人の旅行者に3人も出会った。

3人とも女性で、2人は世界一周中、もう一人はフランスに留学中で、夏休みを利用して遊びにきているという。


女性のバックパッカーは実は男性以上にかなり大変だ。


男性より体力がないのに重いバックパックをかついで移動しなければならない。

女性としての身の危険もあるし、女性としての体調不順もある。

化粧などの身だしなみも必要だし、そのぶん荷物も増える。

おまけにミックスドミトリーでは知らない男性と同じ部屋で生活し、衣類も自分で洗ってそこに干さないといけない。


男性よりもずっと大変なのである。


プラハに着いて、夜暗くなるのが早くなった。だいたい9時過ぎには暗くなる。これで少し生活しやすくなるかもしれない。



明日はまる1日、ぶらぶらとプラハの町を歩き回ろうと思う。

 




author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 18:46
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余計なものがない町
ヨーロッパ旅 12日目
ただいま、5カ国目
チェコのプラハにいます



プラハ2日目。さあ、どうしよう。


町は以前にだいたいの場所を回っているし、昨日も少し散策した。
この旅初めての再訪都市だから、余裕はあるものの、何をしようか困ってしまう。

それなら、どうしてこの都市にもう一度来たかというと、プラハという町が好きだったからだ。


町並み、町の雰囲気、人のやさしさ。

無理してどうしても来たかった場所ではないのだけれど、来れるならもう一度行こうかと思わせられる町だった。



というわけで、今日は僕が好きなプラハの町の中で、特に気に入っている場所を中心に回ってみることにした。



まず、1つ目はカレル橋。
これは昨日も到着してすぐに向かった場所だ。
どうしてこの橋が好きかというと、この橋には雰囲気がある。

橋を渡る前にある大きな門、橋を渡る時に聞こえてくる路上演奏、オシャレな小物を売る店や似顔絵を書いている絵描きがいて、橋の向こう側には赤い屋根の綺麗な町並みと丘の上のプラハ城が見える。



カレル橋の入り口







可愛い小物を売っている



カレル橋といえば似顔絵描き


こちらはコミカルなタッチで



向こうに見えるのがプラハ城



路上演奏はいつも雰囲気にあった音楽を演奏してくれる



別の橋から撮ったカレル橋



次に、もう一つのお気に入りの場所は、プラハ城。

これはプラハ城というよりも、プラハ城から見える、プラハの町並みが素晴らしいのだ。


プラハ城の大聖堂



この教会のステンドグラスは素晴らしい



教会のつくりもなかなか


プラハという町、とくに中心部には無駄なものがない。
無駄なものというと語弊があるかもしれないけれど、余計なものがない。
全てがうまく融合して、素敵な町並みを作り出している。


そして、その象徴的な場所がカレル橋であり、それをプラハ城から確認することができるのだ。



プラハ城から見えるプラハの町並み。
赤い屋根の建物だけ。ビルなどは中心部には建っていない。



よくみると、向こうにカレル橋が見える



カレル橋は時間があれば何往復もしていられる。
プラハ城からはずっと町を見ていられる。
6年前、僕はそう思っていた。たぶんその感じは今も変わっていないだろう。そう思っていた……。


ただ、今日はいかんせん、暑かった。


そして、プラハの町は良しにしろ悪しきにしろ勾配のある町だ。
とくにプラハ城に登るには急勾配を登らなければならない。登らなければ素晴らしい町並みを見下ろすことは百も承知なのだけれど、暑すぎて、途中でへこたれそうになった。





観光地はミニマーケットでも値段が高い。コーラが40コルナ(200円)とかするから、水がなくなってヘロヘロになった。しかしなぜか、ビールは25コルナ(75円)。日中にビールを飲むと疲れるのは分かっているのに、ついついビールを飲んでしまった。



ビール25コルナ(125円)




んで今日は終了。

ヘロヘロになりながら上り坂を登って宿に帰ると、時間は5時過ぎだった。



夕食は昨日会った日本人のKNと一緒にシェア飯をすることになった。


僕はビール係りでスーパーにビールを買いにいった。大型スーパーはすごく安い。町中の店よりずっと安く色んなものを売っていた。

宿に帰ると、料理が完成していた。KとNは一人130円で美味しいアボガドのホワイトソースパスタを作ってくれた。






オリーブは
10コルナ(50円)、カマンベールチーズは14コルナ(70円)。



この2リットルのオレンジジュースがなんと5コルナ(25円)
2リットルの水は3コルナ(15円)で売っていた。


ビールは5本買ってきて飲み比べ。
チェコは国民一人あたりのビール消費量が世界一だけあって、ビールの値段は安く、味も美味しい。


ビールは5本で55コルナ(750円)。一番右のが美味しかった。


というわけで、2度目の訪問となったプラハは暑かったけれど、やっぱり雰囲気の良い町だった。ずっとこのままでいてほしい。

明日は6カ国目、ハンガリーのブダペストに移動する。

 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 20:51
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6年ぶりのアンダンテは……
ヨーロッパ旅 13日目
ただいま、6カ国目
ハンガリーのブダペストにいます



今日はチェコからハンガリーのブダペストに移動する。


バスの時間は1時半なので、それまで時間はあるけれど、特にすることもない。

とりあえず、朝食がてら、町をぶらぶら歩いてみた。
プラハの町並みと大道芸、それから朝食の写真をどうぞ。



プラハの町並み






お金がいっぱい。



時計台



火薬塔



ステージで民族舞踊をやっていた。



かわいい子発見。












中央広場での路上演奏



空中浮遊の大道芸



シャボン玉の大道芸



大道芸も暑くて大変。



ソーセージ。すごく美味そう。



オニオンとケチャップ、マヨネーズはセルフでたっぷりのせられる。



朝食が終わると宿に帰り、リビングで日本人パッカーのKと話をしていた。
そして、バスは1時半にプラハを出発した。


プラハのバスターミナル



ハンガリーのブダペストに到着したのは夜8時半だった。この都市も6年前に一度来ていて、なかなか居心地の良い町だった。

そして、何より居心地がよく、何より楽しかったのがそのとき宿泊した日本人宿「アンダンテ」だ。



5年間、ママチャリに乗りながら、一切燃料の必要な乗り物に乗らず旅している無銭チャリダーのケイさんに出会い、その時は旅を本当に楽しんでいるバックパッカーが集まっていた。


そこで出会った旅仲間のMWとNはわざわざ中国の北京まで僕を尋ねにきてくれた。それくらい濃かった日本人宿だった。


そこで当時管理人をしていたYさんはフェンシングで世界選手権ベスト8までいった人。北京オリンピックのパラリンピックで日本代表監督となり、北京で再会した。


また、その時の旅仲間の一人、Tさんは残念ながらその後、日本で事故に遭って命を落としたという知らせを聞いた。


とにかく、いろいろお世話になり、いろいろ思い出を作らせてもらった宿だったので、今回の旅ではぜひ再訪したいと思っていたのだ。



「アンダンテ」に到着したのは夜9時半だった。

地下鉄で最寄り駅までは順調についたものの、覚えている場所とそうでない場所がごちゃごちゃになって、必ず近くにあると分かっていながら、30分くらいその周囲をぐるぐる回っていた。


ようやく門のところまでくると、当時と変わらない様子に安堵した。


これが入り口。落書きだらけなのは6年前と同じだけれど、少し増えたかな?


宿は2ヶ月前にリフォームして、以前とはいくらか変わっていたものの、基本的には当時とまったく変わっていなかった。


中庭。とても涼しい。



ドミトリールーム



リフォームしてキッチンが別になっていた。



漫画は6年前より充実していた。



地球の歩き方も充実!




旅を始めて13日目でここハンガリーが早くも6カ国目。

これまではかなり忙しく旅していたので、ブダペストではちょっと休んで旅の後半戦に備えたい。


author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 20:51
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ヨシさんと再会、そしてカジノへ

ヨーロッパ旅 14日目
ただいま、6カ国目
ハンガリーのブダペストにいます



沈没者の多い日本人宿の朝は遅い。

僕は昨日は夜中2時頃には寝たのだけれど、他の滞在者たちの多くは時過ぎまで酒を飲んで盛り上がっていたらしい。



朝8時に目が覚めてリビングに行くと、まだ誰も起きていなかった。
このへんは6年前と同じだ。

6年前はみんなで「ダハブゲーム」をして朝方まで盛り上がっていた。
それでも、午前中にはほどんどの旅人がほとんど寝ずに観光などに出かけていっていた。



今日の午後は劇場チケットを入手しにいくことにした。

前回ブダペストに滞在したときは、オペラ、オペレッタ、ミュージカル、クラシックと4つの公演を見に行った。また、チェコのプラハではバレエを、オーストリアのウィーンではウィーンフィルを見に行った。

ブダペストの町は劇場が文化として人々の生活の一部になっているのか、劇場のチケットが安い。安いといっても、全てが安いというわけではない。あまりお金を持っていない人でも見られるように、安い席を500円前後提供しているのだ。

日本にいると、そういう機会もなかなかないから、今回のブダペスト滞在も、のんびりしながら毎日劇場に足を運ぼうと思う。


ところが、オペラ座に行くと、今はサマーホリデーで館内見学のチケットしか発売していないという。パリのオペラ座と同じだった。


オペラ座


つづいて、オペラ座のすぐ近くにある劇場に行ってみた。



外に仮設のチケット売り場があったからこれは大丈夫だと思ったら、ここも今月の公演はないという。いよいよ怪しくなってきた。どっか一つくらい見られるところがないのだろうか。


最後に向かったのがマチーダ劇場。

ここもポスターはいろいろ貼ってあるものの、肝心のチケット売り場が開いていない。近くの花屋のおばちゃんに聞いたら、やっぱり今月は公演がないという……。





残念……。

結局楽しみにしていた公演は1回も見ることができなそうだ。
外は35度以上、暑い中を歩いて、無駄足に終わってしまい、疲れて宿に戻った。

これではブダペスト滞在中にやることがなくなってしまう。




というわけで、今日はカジノに行ってみることにした。

アンダンテに滞在している人で、カジノ好きの人、というかカジノで生計をたてている人がいて、その人と何人かの旅人が一緒にブダペストのカジノに行くというので、僕もついていくことにしたのだ。



夜中にカジノに行くので宿でだらだらしていると、6年ぶりの再会があった。

この宿のオーナーのヨシさんである。


当時はアンダンテを始めたばかりで、自らが宿の管理人をしていたけれど、現在は別のアパートメントを経営しながら、アンダンテは別の管理人に任せているらしい。


実に6年ぶりの再会だったけれど、ヨシさんはほどんど変わっていなくて、すぐに分かった。
そして、驚いたことに、ヨシさんは僕のことを覚えてくれていたのだ。


「おお! 本当に久しぶりですねえ」

「あの時ってメガネをかけていなかったでしょ」

「前に来たときって、髪が黄色かったですよね」


こんなにはっきり覚えてくれているなんて感激だった。
そして、しばらく当時のことを二人で話して盛り上がった。

無銭チャリダーのケイさんの話。その時いた旅人の一人が事故で亡くなった話。写真はNGの変わった旅人がいた話。麻原彰晃ばりのヒゲをたくわえていたヒゲさんの話……。
そういえば、あの時のメンバーは他いろいろいた。100カ国以上旅をしているパッカー、旅中にベルギー人と恋に落ちて結婚したパッカー、どこかの国の大使夫人。


日本人宿には個性的な日本人が多く集まっている。それは6年前も今も同じで、今アンダンテに滞在している人もいろんな人がいる。カジノの達人、夫婦パッカー、22歳の学生パッカー、会社の経営者……。そして偶然にもなぜか187センチ、186センチ、183センチとでかい人が多かった。


その中に、一人の旅人ではない滞在者がいる。

Iくんは日本の大学院生で、このたび、ハンドボールの国際コーチライセンスを取得するためにハンガリーに留学にきている。

大学の宿舎はまだ開放されていないけど、少し早く来てアンダンテに滞在しているのだという。
どうりで体格がいいわけだ。


若いのにしっかりしていて礼儀正しい、ただ、今は何もやることがないらしく、昼間からビールばかり飲んでいる。日本でハンドボールの国際コーチライセンスをもっている人はまだいないそうだから、ぜひとも彼には頑張ってもらいたい。




というわけで、夜。
今日のカジノにはヨシさんも一緒に行くことになった。


向かったカジノホテルはくさり橋の近くにある「カジノ・ラスベガス」。




あれっと思って調べたら、6年前にアンダンテに滞在中も旅人仲間と一緒に行ったカジノだった。


カジノへの入場は、パスポートでの身分登録をしてカードを作ることが必要だけど、驚いたことに、僕のデータは6年前のものがちゃんと残っていて、カード発行は必要ないということだった。

実はこのカジノ、僕にとって思い出深いカジノなのだ。


6年前、世界一周をしている時に、ある日本人とブルガリアの宿で出会った。トモさんという僕より3つくらい年上のバックパッカーで、性格の優しいとてもいい旅人だった。


カジノ好きのトモさんと僕はブルガリアのソフィアで一緒にカジノに行き、僕はまあまあ勝ったけど、トモさんは結構負けていた。

ブルガリアで僕らは別れ、連絡先も聞いていなかったのだけれど、その2週間後、トモさんと偶然にも、ブダペストのアンダンテで再会したのだ。


ここでもトモさんと僕は一緒にカジノに行った。それがこの「ラスベガスカジノ」だった。

このカジノはもともと、シルベスタ・スタローンがオーナーをしていたというカジノで、僕はトントンだったけど、トモさんはやっぱり負けていた。


その後、トモさんはアンダンテにスタッフとして滞在していた無銭チャリダーのケイさんと一緒に自転車でヨーロッパを回ることにし、しばらくヨーロッパをまわったあと、自分の旅をつづけていった。


そんなトモさんの情報を知ったのは、それから数年後。ケイさん、トモさんと一緒に自転車旅をしていたMくんからのメールだった。


「トモさんが交通事故で亡くなったそうです」


旅が終わり、日本に戻って仕事を始めたやさきのことだったらしい。

アンダンテにいたときにトモさんと仲の良かったメンバーにMくんが連絡をまわし、みんなのメッセージをトモさんの棺の中に入れてくれた。



アンダンテで再会したとき、今度はちゃんと、旅友ノートにトモさんの連絡先を書いてもらっていた。

メールとともに書かれたメッセージには世界一周中に各国で行ったカジノの戦績が書かれていた。


6カ国でカジノに行って、全敗。総支出額は50万円をこえていた。


「いやあ、勝てないんですけどね、好きなんですよねえ〜」


本当にいい人だった。というわけで、僕にとって思い出深いカジノなのだ。


6年ぶりのカジノはプレイルームに入ってみると、当時のことをはっきりと思い出した。中のつくりは全く変わっていない。

僕が挑戦したのはミニマムの安いブラックジャック。

勝ったり負けたりしながら、休みながらやって、ある程度勝った段階からトントンになった時点でやめてしまった。


ああ、なんて根性なし。
でも、バックパッカーをしているとお金が気になって大きな勝負にいきづらい。そもそも、貧乏パッカーが旅中にカジノに行くこと自体、間違っているんだろうけど……。


となりの席でやっていた同じ宿の達人は、掛け金をいろいろ変えながら、高い時には一回の勝負で3万円近く張っていた。

話を聞くと、でかい勝負をする時は数百万単位でお金が動くというから、蚤の心臓の僕には一生できないことである。


結局、達人は5万くらいの勝ち、一緒に行った残りのメンバーは一人が少し勝って、残りの3人はほぼトントンだった。


まあ、勝負自体をするというより、カジノの雰囲気を楽しみにきたので、思い出深いカジノに6年ぶりに勝負できて、僕なりにけっこう満足できた。


実は、その達人も5年くらい前に、エジプトでトモさんに出会っていたそうだ。その時にアンダンテという宿を紹介されて、今はアンダンテに滞在しているのだという。


トモさんとの結びつきは今でもしっかりと残っていることが嬉しくなった。


カジノは2時間ほどできりあげた。暗くなっていたので、カジノのすぐそばにあるくさり橋の写真を撮ってから宿に帰った。



ブダペストの象徴、くさり橋。夜のほうが綺麗。



橋の門番はライオン。



丘の上の王宮もライトアップされている。



こちらはお城。



ライトアップが上手だなあと思う。ブダペストの町は夜が綺麗。



昼間行ったオペラ座も閉館中でも綺麗にライトアップされてました。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 13:10
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ヨーロッパの町並みは変わらない
ヨーロッパ旅 15日目
ただいま、6カ国目
ハンガリーのブダペストにいます



相変わらず居心地のいいアンダンテ。そして、ブダペスト。

6年前と比べると、なんかちょっと違う雰囲気なんだけど、それが何だかよく分からない。


まず、ブダペストの町はどうなったかというと、これがほとんど変わっていないから驚いた。

町にスーパーがやたら多く、劇場もたくさんある。



スーパーカイザー。
 

ヨーロッパのほとんどの町でいえることは、新しい店舗や機関ができるときに、建物を作り直さないことだ。大きな建物の1階を利用して、店舗が入れ替わるだけ。もちろんテンポ内は改装しなければならないけれど、外観の建物はそのままなので、町並みは全く変わらない。

チェコのプラハでもそうだったけれど、ブダペストの町並みも6年前とおんなじだった。



次にアンダンテ。

2ヶ月前にリフォームして、キッチンがリビングとは別の場所に移動した。日本の漫画とDVD、地球の歩き方が6年前よりはかなり充実していて、ますます旅人は沈没しやすくなっている。



リフォームしたキッチン。使いやすくなった。


現に今宿泊している人も10日以上の長期滞在者がけっこういる。みんなiphoneとかノートパソコンとか持っていてピコピコしてるから、宿のフリーパソコンの前で並んでいた6年前とは時代が変わったなと思ってしまう。


しかし、残念なことに現在ヨーロッパはサマーホリデーで旅行者が大変多いハイシーズンにあたる。他の国でも宿を探すのが大変だったけれど、ここアンダンテでも宿泊者が多く、予約を入れるのが遅かったために、今晩からの空きベッドが確保できなかった。


というわけで、アンダンテには2泊して、今日から近くにある別のユースホステルに移動することになった。

ブダペストでやることはほとんどないのだけれど、実は、これからの旅のルートがまだ決まっていない。情報収集もほとんどしていないので、休息もかねてもう2泊ブダペストの町でのんびりすることにした。


というわけで、今日は午前中はアンダンテで地球の歩き方を見ながら今後のルートと国情報を入手し、11時にチェックアウト。
チェックアウト後もベッドを空ければ居ていいと言ってもらったので、そのまま荷物をリビングに置いてブダペスト東駅まで列車チケットを買いにいった。



ブダペスト東駅



途中にあった中華料理店が魅力的すぎて入ってしまった。


いろいろ考えたあげく、次の目的地はとりあえず、セルビアの首都・ベオグラードにすることにした。

なぜそこに行くかというと、まだ行ったことがない国だったことと、南に移動するにはちょうどいい中間地点だったからだ。

列車は7時間の移動で15ユーロ。西ヨーロッパでは考えられないくらい安い。バス料金ともほとんど変わらなかったので列車移動にした。

これから南に移動すると、バスも本数が減り、毎日運行していないようだから、列車移動が増えるかもしれない。


 

つづいて、歩いて中央市場に行ってみることにした。

東駅からは歩いて30分くらいで、普通なら余裕で歩ける距離なのだけれど、今日の徒歩移動は辛かった。

とにかく暑い。気温38度。暑くて北京から抜け出したのに、変わらないくらい暑くて、何度もスーパーに入って体を冷ましながらやっとのことで中央市場まで到着した。


なぜ中央市場に来たかというと、ここではフォアグラを安く売っているからだ。

ハンガリーは今までまわってきた国のなかではかなり物価が安い。チェコとはだいたい同じくらいだと思うけど、たぶんハンガリーのほうが安いだろう。

フォアグラはもちろん、他のおみやげも何かいいものはないかなと思ってやってきたのだ。



中央市場



ハンガリーといえばパプリカ



パプリカチューブ。



フォアグラの缶詰。安いやつだと450フォリント(500円)。





いろいろ物色して、フォアグラとパプリカを少し買った。そして、宿の近くのスーパーでも紅茶などを少し買っておいた。ハンガリーはヨーロッパのある程度先進国の中では物価がかなり安い。そして、お土産になりそうなものを結構売っている。


ところで、スーパーで買い物をする時に、ちょっと腑に落ちないことがある。それは、99.9フォリントの物を買うときに100フォリントを渡しても、お釣りが帰ってこないことだ。1フォリント以下の貨幣はないから仕方ないんだけど、何か騙された感じがする。


中央市場からアンダンテへの帰路はさらに辛かった。

帰りにスーパーでビールを買って、到着してすぐに飲んだけど、のどが渇きすぎてすぐに飲んでしまい、もう1本買いにいってしまった。


途中の公園ででかいコーラを発見。うまそうだった。


1時間ほどアンダンテで休んだあと、荷物をもってホテル移動。ちょうど、アンダンテに来たけど空いているベッドがなくて困っていた日本人旅行者がいたので一緒に次のホステルに移動することにした。


次に宿泊することになったのは「Day and Night Party Hostel」。アンダンテから歩いて5分の場所にあり、1泊6ユーロ。安い!

部屋は18人のドミトリールームだけれど、オープンして間もないようで、部屋も広いしとても綺麗だった。これで6ユーロは安い。


ただ、wifiが弱くてインターネットがつながりにくいことと、キッチンがないのが結構不便だった。



ホテルの入り口は看板もなくこれだけ。ちょっと分かりにくい。



部屋はとても綺麗で広くベッドもでかい。





author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 23:14
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東アジアの旅行者事情

ヨーロッパ旅  16日目
ただいま、6カ国目
ハンガリーのブダペストにいます



ブダペストに来て、4日目。

今までの旅は、フランクフルト1泊、パリ2泊、ブリュッセル2泊、アムステルダム2泊、チェコ2泊とかなり駆け足だった。

やっぱり、旅をするなら一つの都市に最低3泊はしたい。


1日は市内の名所を観光。
1日は生活感の感じられる面白そうなところを探索。
そしてもう一日は次の都市への準備や休息に。

ここブダペストでは本当は毎日劇場に行く予定だったし、アンダンテにずっと泊まる予定だったからのんびりしようと決めていた。
結局、劇場はやってなくて、アンダンテも2泊しかできなかったのだけれど、疲れていたので予定通り4泊して、かなりのんびりできた。


今日は午前中は宿のネット環境が悪かったから、近くのマクドナルドに行って、エスプレッソ1杯で3時間インターネットをした。
暑いので外を少し歩くだけですぐバテる。何でも昨日は40度近くあったそうだ。

ちなみに、今日行ったマクドナルドではないけれど、ここブダペストには世界一美しいといわれるマクドナルドが存在する。
でも、前回の旅のときに行ってみたけど、「どこが?」という感じで、ちょっとこぎれいなだけだった。何でも昔は豪華なシャンデリアがあったそうだけど……。



昼食のピザ。20フォリント。200円くらい。


ブダペストで気づいたことがいくつかある。

まず、これはブダペストに限ったことではないのだけれど、中国人観光客がやたら多い。6年前にヨーロッパをまわったときと比べても、格段に増えた。バックパッカーはほとんどおらず、みんなツアーに参加している金持ちの夫婦、もしくは家族だ。

近年、中国人の金持ちのステイタスは車や家、携帯電話から海外旅行へとシフトチェンジしているようだ。


中国人のツアー観光客は本当に多い。

また、今回の旅では韓国人の若者バックパッカーともよく遭遇する。日本人と比べると、一人で旅しているのはほとんどいないけど、二人もしくは数人の複数で旅をしている。数でいうと、日本人よりもずっと多いような気がする。


それから、この国では、室内での喫煙が完全にNGなことだ。
路上でタバコを吸っている人は結構いるけど、レストランでも、バーでも、そして一昨日いったカジノでも室内での喫煙は禁止されている。
カジノでタバコ吸えないって、何? と思うのは僕だけではないと思う。

ただでもタバコが高いのに、肩身の狭い思いをしている喫煙者は日本だけではないようだ。


オープンカフェならタバコが吸える


夕方からは最後のブダペストでの夜ということで、アンダンテで知り合ったMと、いっしょに今の宿に来たKと一緒に近くのレストランに食事に行った。



このパスタは甘くてきな粉餅のような感じだった。


この二人もちょっと変わった旅人で、旅人というより、今回はハンガリーで行われた「サン」というフェスに参加するために、わざわざ日本からやってきたのだという。



Mはエンジニアの仕事をしていて独立し、自分で会社を作って働いている。

まだ36歳だけれど、BMWに乗るほどの高給取りで、なぜ普通のいいホテルに泊まらないかというと、自分が好きなことさえできればよくて、お金にあまり執着がないのだという。
ちなみに彼はかなりのド変態だ。


もう一人のKは日本でDJを職業としている。日本各地にDJとして呼ばれ、自分でも作曲活動をしたり、CDを出しているらしく、彼のCDをプレゼントしてもらった。僕が職業としてDJをしている人と会うのはこれが初めてだし、実際にDJで仕事をしている人は日本でもほんの一握りしかいないそうだ。


食事のあとはブダペストの夜の街を3人で散歩して、公園の盛り上がっているオープンバーで酒を飲んだ。


ここならタバコも吸える。



若い女性がいちいち可愛い。


夜中、宿に戻ってみると、僕らと同じくアンダンテで泊まれなかった日本人バックパッカーが2人、こちらの宿に泊まりにきていた。

ただそのうちの一人が、宿に来てすぐにi-phoneを部屋で盗まれてしまったらしい。
部屋に充電したまま忘れて外に食事に行ったら、帰ってきたときにはなかったそうだ。

i-phoneがないといろいろ困るだろうし、これまでの写真とかも無くなったみたいで本当にかわいそうだった。

不注意といえばそれまでなのだけれど、安全そうに見えた宿もそういうことがあるから、僕も気をつけないといけないなと思う。



author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 23:14
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セルビアに行ってみよう!
ヨーロッパ旅 17日目
ただいま、8カ国目
セルビアのベオグラードにいます



今日はブダペストを出発し、新しい国に移動する。

DJ
Kくんとは偶然同じ宿に宿泊し、2日間だけだったけれど、今まで知らなかった音楽の世界やDJ業界についていろいろ教えてもらって勉強になった。


宿のチェックアウトは11時。Kくんに見送ってもらい、少し早いけれどそのまま荷物を持って東駅まで歩くことにした。






疲れている旅人もいれば、


かっこいい旅人もいる


これが今回の旅で初めての列車移動だ。

西ヨーロッパでは列車は高くて手が出なかったけれど、ハンガリー以南はバスも列車もそんなに値段が変わらず、なかには列車のほうが安い場合もあるらしい。でも、列車は時間がいい加減で、遅れることもよくあると地球の歩き方に書いてあった。



列車に乗ると、30分くらいして切符の検査があった。

そして、旅の初日以来となる出国・入国チェックが列車内で行われ、パスポートにもちゃんとハンコを押してもらった。
セルビアはユーロに加盟していないからだろう。



ちなみに、ベオグラードに行くことは、ブダペストに着いてから決めた。

本当はブダペストのあとはスロヴェニアに行こうかと思っていたのだけれど、前にも一度行ったことがあるし、ちょっと様子の違う国にも足を運びたくなったのだ。


というわけで、セルビアのことは何も調べていないし、ガイドブックも地図もない。

必要になりそうな箇所はアンダンテにあった地球の歩き方「中欧編」をデジカメで撮っておいたけど、到着するのが夜だし、ホステルの場所がすぐに分かるか結構不安だ。


こんなファームが広がっていた。


移動中はほとんど寝ていた。
昨晩も普通に寝て、夜中は寝なくても平気なのに、なぜか乗り物移動になるとすぐに寝ることができる。

これは旅人にとっては結構重要。
もちろん荷物はしっかり管理しておかなければいけないけれど、夜行バスや夜行列車で移動しても、目的地についてすぐに1日中観光できるから無駄がない。


ただ、地球の歩き方の指摘どおり列車は遅れ、ベオグラードについたのは定刻より1時間遅れの9時半だった。





もう日が落ちて真っ暗である。


両替屋を探して現地通貨を作り(ディナール)、次の移動のことを考えて駅の近くにあるバスターミナルで次の移動のチケットを買った。


そうこうしているうちに、時間はもう10時半になっていた。



町にはスロットやルーレットのカジノバーがたくさんあった。


しかも、ホテルの場所は「Booking.com」の宿情報で出ていた簡単なものをデジカメで撮っただけだ。
地図を見ると歩いていけなくはないけど、まあまあ距離がある。


町の雰囲気も何だか怪しいし、駅の周りの見せはだいたい閉まっていて道も暗い。人通りもほとんどなかった。

これって結構ヤバイんじゃない……。
と思いながら開いている店の店員の人に道を尋ねながら、なんとか30分ほどで予約しておいた宿を見つけた。宿に着いたのは11時をまわっていた。


フー。良かった良かった。



今回の宿「GO2ホステル」。1泊7.2ユーロ(930円)。






今回のドミトリーは珍しく3段ベッドだった。


宿のある場所はベオグラードの中心地で、外は人通りもあったので、とりあえず喉の渇きを癒そうと近くの売店にビールを買いにいった。

ところが、残念ながら22時から6時まではビールの販売が禁止らしく、仕方なくコーラを買って宿に戻った。



明日は一日、ベオグラードの町を散策する。この国はいったいどんな国なのだろう。


author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 07:13
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ベオグラードに来て気づいたこと

ヨーロッパ旅 18日目
ただいま、7カ国目
セルビアのベオグラードにいます



昨日の夜中に到着したここベオグラード。
しかし、今後の旅程の関係で、今日の夜には出発しなくてはならない。


というわけで、24時間の短い滞在となる。

特に興味のある場所があるというわけではないのだけれど、なぜ訪れたかというと、初めて訪れる国であることと、方向的に通らなければならない国だったからだ。


実は、2007年の世界一周の時も、ブルガリアからボスニア・ヘルツェゴヴィナに移動する際にセルビアは通っている。
でも、特別興味がなかったので、そのまま通り過ぎてしまった。
だから今回はせっかくなので、1日だけれど立ち寄ることにしたのだ。



ベオグラードの中心部はそんなに広くない。
今日は朝6時には目が覚めたので、それから準備をして9時にチェックアウト。
ホテルに荷物を預けて(有料・3ユーロ)、市内観光に出発した。



アンダンテで見た「地球の歩き方」の観光地を見ても、特に行きたいと思う場所はない。

興味のない場所を回るために暑い中を歩き回るのは面倒くさいので、市内の中心地をぐるっと1周してみることにした。



宿の近く



まずは中央市場に行ってみた



ここでは朝食のバナナを購入(7本で40ディナール、45円)



次にサヴァ川の船着場へ



サヴァ川が見える丘公園にいってみた



全裸の男の像が町を見下ろしていた



戦争博物館



公園で遊ぶ子供たち



物売りの人も若くて美人





町を歩いていると、以外にも色んなことが分かって面白かった。
これまで回ってきたヨーロッパの国とはちょっと違うなと思うこともいろいろあった。
箇条書きにしてみよう。


まず、この国の言語はセルビア語で英語があまり通じない。昨日のインフォメーションのおっさんもそうだった。


町中にタクシーが多くいる。これまで通った国は基本的に流しのタクシーはいなかった。トラムは走っているけれど、地下鉄はなく、市内交通が充実していないことが原因かもしれない。


通りの名前を書いてないことが多く、目的地を見つけることが難しい。看板や道の名前が書いてあっても、セルビア語だけで英語表示がないので分かりにくい。


道路の舗装状態がよくない。また、町中の壁に落書きがとても多い。首都のベオグラードといっても、まだそこまで整備されていないようだ。


アジア人観光客がほとんどいない。日本人は滞在中、一度も見なかったし、中国人を中心地で1組見ただけで、あとはいなかった。



道路の舗装はこんなかんじ。



これはきれいなイラストだけど、落書きはとても多い。



中国人旅行者はいなくても中国人移住者はいる。「北京飯店」



町の中心地





お昼になったので、ちょっとレストランに入ってみた。

ここでは室内で喫煙できたので、ハンガリーとは違うようだ。
セルビア料理らしき料理を注文し、安かったのでビールも頼んだ。





これで600ディナール(680円くらい)


食事を終えて、中心地をぶらぶらし、いつの間にか宿の近くまで戻ってきていた。

9時に出発して2時に戻ってきたから、5時間くらい観光していたことになる。
バスの出発まで時間があるので、それまでは宿のリビングでネットをしていた。



宿を出たのは8時。歩いて昨日バスチケットを買ったターミナルに向かった。
空はまだ明るい。明るくて道を知っていると、案外あっさりと駅に着いた。びくびくしながら歩いていた昨夜が嘘のようだった。





バスターミナルに到着してから、財布にまだ600ディナール(660円)残っていることに気がついた。
もうスーパーにも行けないし、お土産物もたいしたものがない。
仕方ないので、夜食用のパンを2つ、ビールを3本、ジュースを1本買ってディナールを消費した。



重いので1本飲んじゃいました。


ベオグラードを出発したのは9時20分。
夜行バスは明日の朝9時半に8カ国目・モンテネグロのコトルに到着する予定だ。


author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 07:25
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世界遺産の町・コトル
ヨーロッパ旅 19日目
ただいま、8カ国目
モンテネグロのコトルにいます



今日はいろいろあって小忙しい一日になった。


モンテネグロからの夜行バスは予定の9時半より10分遅れの9時40分にモンテネグロのコトルに到着した。

12時間のバス移動ではかなり眠れた。

そして朝方はバスがアドリア海に面する海岸線を走行していたので、小さな町につくたびに赤い屋根の町並みとビーチを見ることができて得した気分だった。








コトルの町はアドリア海のリアス式海岸にある町で、内陸に一番入り込んだ湾にある。
町自体が世界遺産になっていて、町は城壁で囲まれている。クロアチアのドブロブニクを小さくしたような町だ。



コトルのバスターミナル



山に囲まれているので海というより湖みたい。



市場



コトルは城壁に囲まれた町。ゲートをくぐって町に入る。


コトルの町につくと、まずはインフォメーションに行って無料地図をもらう。
そして、一番不安だった次の目的地へのフェリーチケットについて聞いてみた。


「コトルからイタリアのバーリに行くフェリーのチケットを買いたいんですけど、どこに行けばいいですか?」

「コトルからバーリ? そんなフェリーはないよ」

「えっ、でも、インターネットで調べたらありましたよ」

「それは間違い。そんなフェリーはありません!」


思ってたんと違う! これはまずい!

それじゃ、どこからならフェリーが出てるかと聞くと、近くの旅行会社を紹介してくれた。



荷物を持ったままその旅行会社に行き、バーリ行きのフェリーについて聞くと、バスで2時間ほどいったバールという町からフェリーが出ているという。

明日のお昼の便と明後日の夜の便とあるけど、どちらにするかと聞かれ、とりあえず午後にもう一度来るといって引き上げた。



荷物が重いので、とりあえずネット予約しておいた宿に行って荷物を置くことにした。

宿はとても分かりにくい場所にあり、近くの店で聞き込み調査をしていると、やさしい店員さんが直接その宿に電話をかけて、スタッフの人を呼んでくれた。


今回泊まる宿は「ホステル・モニカ」。1泊13ユーロのドミトリーだ。


ホステルの看板も出ていない。もぐりの宿かな?



ドミトリーの部屋は充実していた。部屋の中にキッチンもある。


チェックインは12時だったので、荷物を部屋に置いて町に出て他にフェリーチケットを扱っている会社はないか聞いてまわってみた。
でも、残念ながら、何人かの人に聞いたけど、やっぱりこの町からはフェリーは出ていないようだった。

仕方なく旅行会社へ行くと、今担当スタッフがいないから午後1時にもう一度来てくれと言われてしまった。
チェックインの12時までにはまだ1時間くらい時間がある。

というわけで、海岸沿いを散歩し、ビーチに行ってみることにした。
日本とは違い、欧米人は若者から老人までとにかく体を焼くことが大好きだ。

すごく太ったおばあさんでも、ビキニにTバックみたいなのをはいて体を焼いている。日本なら絶対に見かけない光景だ。





そうこうしているあいだに12時になったのでホテルに戻りチェックイン。

シャワーを浴びて洗濯をすますと、すぐにバスターミナルに向かう。明日のバール行きのバスチケットを入手するためだ。

バスターミナルでバール行きの時間を聞くと、朝一番は7時40分発。バールまでは2時間くらいかかるそうだ。
バールの地図はなく、バスの降り場やフェリー乗り場の位置も分からないけれど、これならなんとか、明日12時発のフェリーに乗れるだろう。


7ユーロでバスチケットを購入すると、すぐに町に戻り、午前中に行った旅行会社でフェリーチケットを購入した。
フェリーは正午12時にバールの港を出港し、午後9時に南イタリアのバーリ港に到着する予定だ。料金は一番安い甲板の席で60ユーロだった。


これで、何とかフェリーチケットは確保できた。

でも、2泊で考えていたコトルを1泊にしてしまったため、今日中に観光をすべて終わらせなければならない。まあ、そんなに広くないから大丈夫だろう。

とりあえず宿に戻って事情を説明し、2泊から1泊に変更することを伝えると、キャンセル料金はとられず、1泊分の料金を返してくれた。


時刻は午後2時半。

そんなに広くはないけれど、世界遺産になっているコトルの町を急いで観光することにした。












公共の水飲み場



この町には巨人がいるようだ。












城壁に囲まれた町。城壁は山の斜面にも続いている。


 

思ったとおり、観光は2時間ほどで終了した。

ただ、もう一つだけやりたいことがある。それはこの町が見渡せる山の頂上へトレッキングすることだ。


コトルの町はアドリア海に面したリアス式海岸のなかで、内陸に一番入り込んだ場所にある。
町は城壁で囲まれ、町の背後には標高250メートルほどの山がある。城壁は万里の長城のように山頂まで伸びており、1時間ちょっとあれば山頂までいけるらしい。


5時半になったので山頂への登山口に行き、入場料3ユーロ払って登山道の地図をもらった。



現地人の可愛い女性が係員でいたのでいろいろ聞いて仲良くなり、写真を撮らせてもらった。


登山は想像していたより急勾配で、かなり疲れた。
ヒーヒーいいながら、なんとか1時間ほどで山頂まで到着し、コトルの町を一望する。



登山道はこんなかんじ。



















赤い旗がたっているところが頂上。



頂上到着。


トレッキングは疲れるから嫌いだけど、登ってみるとやって良かったと思う。
とくに今回はアドリア海とコトルの町が一望できて眺めが最高だった。


山を降り、宿に戻ってきたのは夜8時前だった。ドミトリールームには誰もいない。

すっかり汗をかいてしまったので、この日2度目のシャワーを浴び、今日は何も食べていなかったので、急いでバスタを自炊して夕食にした。



昨日、ベオグラードのバスターミナルで買ったビール。ちゃんと冷やしておいた。

食事をしながらインターネットでメールをチェックし、明日訪れる町の情報を入手する。

結局、バールのフェリー乗り場の位置はよく分からなかった。仕方なく到着してから聞き込み調査をすることにした。


そうこうしているうちに夜中の10時になった。しかしドミトリーに他の旅行者は誰も帰ってきていない。

欧米人は夜飲みに行く旅人が多いが、この町の夜も盛り上がっているようで、宿の外からは路上演奏の音が聞こえてくる。


せっかくなので、もう一度夜の町を歩いて回ってみることにした。






中央広場はかなり盛り上がっていた。



路上演奏者



市場では朝は野菜を売っていたのに、夜は小物を売っていた。



何かのイベントがあるらしく、仮面を多く売っていた。









そんなこんなで宿に戻ってきたのは夜中の12時。他の旅行者も宿に戻ってきていた。
急いで明日のための荷造りを行い、夜中の1時半に就寝した。


明日は朝早く宿を出て、9カ国目のイタリアに向かう。
今日もかなり忙しかったけど、明日も忙しくなりそうだ。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 01:05
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アドリア海をフェリー旅
ヨーロッパ旅 20日目
ただいま、8カ国目
モンテネグロのアドリア海にいます



今日は完全移動日。
朝7時前に宿を出発して、目的地に到着したのは深夜0時をまわっていた。


ただし、移動日とはいえ、今日の移動はちょっと特別。
それは、フェリーでアドリア海を渡ってイタリアに行くからである。

そして大きな不安もいろいろある。
行く先々の地図がないこと、時間的に余裕がないこと、到着時間が遅いことなどだ。


まず、モンテネグロのコトルからバスに乗って港町のバールに移動する。2時間ほどで到着する予定だ。

バールはベオグラードからコトルに移動したときに近くを通っているはずだけど、そのへんの地理はよく分からない。

ただ、コトルに向かう時と同じように海岸線がすばらしく、どの町もアドリア海に面していて、とても綺麗だった。





ただ、バールの地図もないし、フェリー乗り場がどこにあるかも全く分からない。フェリーの出発は正午12時だから、それまでになんとかフェリー乗り場にたどり着かなければならない。

朝一番の便だったからか乗客は少なく、しかも、バールに着く前に途中でどんどん降りていく。

終点はバールだから乗り過ごすことはないのだけれど、とうとう最後には僕一人になってしまった。

不安になったので運転手にフェリーチケットを見せ、「ここに行きたいんだけど」と言うと、終点に着く前のフェリー乗り場に一番近い場所で降ろしてくれ、丁寧にフェリー乗り場までの行き方を教えてくれた。


歩くこと15分。以外にもあっさりとフェリー乗り場は見つかった。
まだ10時だったから、結構早く着いてしまった。



フェリー乗り場



これが今回乗ったフェリー。けっこうでかい。






出航!


フェリーは思っていたより大型で、客室や大きなレストラン、バーなども併設されていた。
ただし、僕のチケットは一番安い甲板席なので、ずっと外にいなければならない。
まあ、せっかくのアドリア海フェリーなので、外で全然いいんだけれど。


アドリア海はとても青くて美しい。大型フェリーでアドリア海を渡り、360度水平が見られるというのはなかなか贅沢なことだ。


アドリア海






甲板はこんな感じ。


最初の1時間は嬉しくなって船内を歩き回ったり、アドリア海を見て写真を撮ったりしていた。そのあとは疲れて1時間ほど眠ってしまった。


起きてみると、まだ2時だった。到着までは7時間もある。
何もすることがないからどうしようと思ったけれど、海を見ながら音楽を聴いていたら不思議なことにあっという間に時間が過ぎていった。


みんなそうかは分からないけれど、山を見たり、遺跡を見たりしても、何時間も同じ場所で同じものを見続けていると飽きてくる。
でも、海や川のように流れる水を見ていると何時間も見ていられるから不思議だ。


ちなみに、今回海を見ながら聴いた曲は、徳永英明、スピッツ、尾崎豊。とくに徳永英明の「ヴォーカリスト」はよかった。


あっという間に7時になり、あと2時間で到着という時間になると、夕日がフェリーを赤々と照らし、水平線に沈んでいった。これは本当に美しかった。











フェリーの料金が60ユーロ(7800円)で高いと思っていたけれど、移動手段としてではなく、アドリア海をフェリー旅できるという大きなイベントだと考えれば、そんなに高くなかったかもしれない。


フェリーは定刻より少し早い8時45分にイタリアのバーリ港に到着した。
さあ、ここからが大変だ。

出国手続きを終えてフェリーターミナルから出ると、急いで中央駅へ向う。




何とか今日中に目的地のレッチェに到着したい。そのためにはバーリ駅発レッチェ行きの列車に乗らなければならない。
最終便は10時45分。フェリー乗り場から中央駅までは3〜4キロあるはずだ。

急がないと間に合わない。そして、宿をとっていないので、間に合わなかった場合、駅かマクドナルドあたりで夜明けまで待たなければならない。



港から町に続く道では多くの人たちが集まり、盛り上がっていた。


中央駅までの道はネットをデジカメで撮ったおおまかな地図しかない。
暗くて道の名前もよく分からないので、とにかくそのへんにいる人に何度も道を聞いて駅に向かった。
たぶん、10人以上に聞いたと思う。そのほとんどが英語が分からなくて驚いたけど、なんとか列車の駅ということを伝えて、少しずつ進んでいった。


そして、9時45分。無事にバーリ駅に到着した。切符の窓口が閉まりかけているところを、無理やり開けてもらってチケットを購入し、なんとか今日中にレッチェに行けることになった。


列車チケットは20ユーロ。けっこう高いけど今日中にレッチェに行かないといけないから仕方ない。でもかなり良い列車で移動は快適だった。









移動時間を使ってブログを書いていた。


レッチェ駅に到着したのは11時32分だった。
20分くらい歩いて市内中心部に行き、マクドナルドの前で一人の日本人を待った。



夜12時を過ぎているというのに広場は多くの人で賑わっていた。



これから6年ぶりにある日本人と再会する。
この町に来たのも、実はその友人と会うためだったのだ。
時間はもう夜中の時前である。



日が変わってしまったので、この続きは明日のブログで。

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