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ポカラに移動
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて55日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 ポカラ行きのバスは早朝7時にカトマンドゥを出発した。10日間滞在したカトマンドゥはなかなか居心地がよかったけれど、落ち着ける場所や特別な観光地のない町だった。

 ツアーでトレッキング、サファリ、ラフティング、フライト観光などをすることもできるけど、あいにく今回は、いや今回も貧乏旅行。カトマンドゥで楽しかったのは、カジノでビールや料理を頼みながら遊んだことと、美味いメシを食いながら酒を飲んだこと、それに土産物屋をまわりながら町を散策したことだった。

 今日行くポカラは湖畔の町で、とても眺めが綺麗らしい。とくに町から見えるヒマラヤ山脈、トレッキングして見るヒマラヤ山脈は最高で、観光客に人気がある。
 ただし今回は時期が悪い。雨季前にあたるこの時期は暑くも寒くもなくほどよい気候なのだけど、山には毎日のように霧がかかり、ほとんどヒマラヤ山脈を見ることができないらしい。
 それはとても残念だけれど、ペルーのチチカカ湖やスロヴェニアのブレッド湖など湖畔の町は大好きなのでヒマラヤ山脈はあまり期待せずに行ってみることにしたのだ。

 バスは午後1時半にバスターミナルに到着した。ちょうどあたりをつけていた安ホテルの人が客引きに来ていたので、一緒にカトマンドゥから移動した19歳パッカーのT君、3ヶ月仕事休みをもらえたラッキーボーイK君とともに送迎タクシーでホテルに向かった。
 今回のホテルは「ホテル・ホライゾン」。ドミトリーが1泊100ルピー(120円)、シングルが200ルピー(240円)と安く、宿の人も感じがいい。
 一緒に来た2人がドミトリーを選んだのに対し、僕は今回もシングルルーム。またもやちょっと贅沢をさせてもらった。


屋上から見たポカラの町。


 部屋に荷物を置いてメシを食い、一人で湖畔沿いを散歩する。ポカラはとても静かな町で、湖畔沿いのメインストリートにはオシャレなカフェやレストランが建ち並んでいる。
 物価は物によって違うが、だいたいカトマンドゥと同じくらいだろうか。ボート乗り場に下りると、対岸の緑がほんのり水面に映っていて綺麗だった。

 リゾート地でもあるので町の雰囲気はちょっとダージリンに似た感じ。ダージリンと同じく、やっぱりヒマラヤ山脈は見えないけれど、気候もよく、落ち着いて過せる場所かもしれない。






ネパールは日本食屋も多い。夕食に食べたしょうが焼きは美味かった。

author:tiger, category:ネパール編, 14:31
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現地の学校を訪れる
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて56日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 今日は早朝からレンタサイクルを借りて、フェワ湖の周辺を見て回った。

 レンタル料は1日100ルピー(120円)だったけれど、レンタル屋のおっさんと交渉して午後2時まで60ルピー(75円)にしてもらい、久し振りに自転車をこぐ。
 今日もヒマラヤ山脈には厚く霧がかかり、その美景を見ることはできないけれど、まずは景色が綺麗だという日本山妙法寺に行ってみることにした。


とりあえず、チャイ屋へ。




 自転車をこぎながら日本寺に向かっていくと、多くの小学生たちが道路の脇でスクールバスを待っていた。「ハロー!」と声をかけてくれる子も多く、こちらは「ナマステー(こんにちは)」と返す。いつもながら子供の可愛さには心癒される。
 学校の制服姿を目にするだけで嬉しくなる。ちゃんと学習を受けていると分かるからだ。世界中には学校に行きたくても行けない子供たちがまだたくさんいる。やっぱり学習はいろいろな意味で絶対に必要なものだ。






 朝の気持ちいい空気を切りながら走っていた自転車も途中から山道に入り、15分くらい登るとバテてきた。
「どうせ登ってもヒマラヤ山脈は見えないんだよな」という思いが何度となく頭をめぐり、売店のおばさんに「まだけっこうあるよ」と言われて「もういいや」という気持ちになってしまった。
 日本寺断念。今きた道を今度は下りながら引き返す。うーん、風が心地いい。下り坂ってなんて素晴らしいんだろう。






 土産物屋やレストランの建ち並ぶレイクサイドの観光客エリアをつっきって、今度は湖の北へと進んでいく。しだいに店やホテルが減っていき、湖のすぐそばを道が通っているので、眺めもいい。
 湖畔にけっこう雰囲気のよさそうな安レストランを見つけたので、ちょっと早い昼食タイムにすることにした。チャイ(15ルピー、18円)とトゥクパ(40ルピー、48円)を頼み、ただひたすら湖を眺める。たまに通る車の音以外は本当に静かで、風のないときは湖が鏡のように対岸の山を映し出す。
そうやって湖をのんびり眺めていたらいつのまにか1時間半経っていた。湖を見ていると時間がすぎるのがあっという間だ。




ここで昼食タイム。


 会計を済ませてレストランを出ると、湖の北端まで自転車をこぎ、さらに北上。湖は湿原にかわり、そこではパラグライダーをやっている観光客もいた。
 どんどん道沿いの家が減っていき、石をレンガのように積み上げて作った家が段々畑のなかにポツポツと見えるようになってくる。家の前ではおばさんが洗い物をしていたり、子供が元気に遊んでいたりして、気さくに声をかけてくれるから全く飽きない。たまに自転車をとめて簡単な英語で話したりするとより楽しい。






 さらに北上。舗装されていた道路もなくなり、ガタガタ道を突き進む。もうこのあたりにくると、レストランもホテルもないし、観光客も全くいない。さすがに遠くまできすぎたかなと思っていたら、学校らしき建物があったので、ちょっとのぞいてみることにした。




 その学校はネパールにしてはなかなかしっかりした校舎で、警備員らしき人もいた。門の鉄格子は閉まっていたけれど、「入っていい?」と聞くと、意外にも簡単に「いいよ」といってくれたので、校庭を通って校舎を見学させてもらうことにした。
 校舎に入ってみたものの、誰に見学許可をもらっていいのかも分からない。仕方がないという口実を自分で作って、勝手に廊下を歩いていった。

 3階建ての校舎は教室ごとに年齢が異なり、まだ小さい子供から高校生くらいの生徒まで勉強していた。
 廊下の窓から教室をのぞくと、僕に気づいた小学生くらいの生徒が先生の話もそっちのけでこっちを凝視してくる。それに気づく先生。不審者だと思われても困るので、そこは100パーセントの笑顔で会釈をし、すぐに隣の教室に移動する。
 いくつ目かの教室では、10歳くらいの生徒が英語の授業をやっていた。しばらく授業風景を見ていると、担当の男の先生が僕に気づき、こちらにつかつか歩いてきた。

「ナマステ(こんにちは)。すみません、日本人で教師をしている者ですが、学校を見学させてもらってもいいですか?」
「えっ、先生をされているんですか! どうぞどうぞ、ご自由に見学してください」
「写真も撮らせてもらってもいいでしょうか?」
「いいですよ。よかったら教室の中に入って撮ってください」

 見学ができるようにわざと「教師をしている」と言ったのだけれど(実は去年、本当に中国の大学で日本語を教えていたので全くの嘘ではない)、それに反応してくれたようだ。
 授業中だというのに、僕を教室のなかに招きいれて生徒に僕を紹介してくれ、僕のほうも調子に乗って、写真を撮って自己紹介したうえに、日本語の挨拶まで教えてしまった。






 授業時間が終わって廊下に出ると、多くの生徒が僕のまわりに寄ってきて、さかんに「ナマステ〜」と言いながら握手を求めてくる。
 そこでさらに写真撮影会が始まり、僕はすっかり人気者(というか晒し者)。さっき僕を教室に入れてくれた先生はこの学校について丁寧に説明しながら校舎内を案内してくれ、職員室の他の先生の前で僕の紹介までしてくれた。

 この学校は全校生徒が450人くらいで、3歳児から17歳くらいまでの生徒が勉強しているそうだ。ネパールの公立学校では小学校4年生までは国が教育費を全額負担してくれ、5年生からは教科書代だけ払えばいいらしい。

「学校をよくするために、何かアイデアをくれませんか?」
「午後から教員会議があるので、参加してくれませんか?」
「もしよかったらネパールで教師をする気はありませんか?」

 よっぽど気に入ってもらえたらしく、たてつづけに質問されたけれど、英語で会話しているので、話の3分の1くらいしかわからない。丁寧にお礼を言い、また滞在中に時間があったら来たいと思いますと告げて校舎を出た。
 偶然ではあったけれど、本当にいい体験をさせてもらった。ちょっとホテルから遠いのが難点だけれど、本当に機会があればもう1回行ってみたいなと思った。






 学校を出たのがだいたい正午。時間もけっこうおしていたので、そこで北上を終え宿のほうに帰ることにした。
 途中、さっきのレストランでコーラを飲んでちょっとのんびりし、レンタルサイクル屋にはちょうど午後2時に自転車を返却した。

 夕方、湖畔のベンチに腰掛けてノートパソコンでブログを書いていると、ポツポツ雨が降りだした。6時くらいからは雷をともなう土砂降りになり、おまけに停電。こうなると何もできない。ドミトリーにおじゃまして一緒にきた仲間と深夜まで旅話に花を咲かせていた。

 ドミトリーから自分の部屋に帰るとき、外に出てみると雨はやみ、星空が広がっていた。もし明日の朝からっと晴れたら、運良くヒマラヤ山脈が見えるかもしれない。そんな淡い期待を抱きながら寝床に入った。
author:tiger, category:ネパール編, 14:32
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ヒマラヤ山脈が見えた!
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて57日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 今日は朝6時に目覚ましが鳴り、目を覚ました。眠い目をこすりながら屋上にあがり、あたりを見渡す。

 おっ、見えた! ヒマラヤ山脈!




 山脈というほどの連なりまでは見えないけれど、たしかに昨日までは見えなかった山が雪をかぶってそそり立っている。
 やっぱり昨日の土砂降りが効いたようだ。朝陽を浴びたヒマラヤはガイドブックの写真までは到底及ばないけれど、はっきりとこの目で見える。

 興奮しながら部屋に戻って顔ほど洗い、ショルダーバックをかついで1階に下りる。1階のドミトリールームでは昨日から風邪でダウンしているT君、今日からトレッキングに出発するK君が寝ていたが、そのことだけ伝えると、あわてて外に出た。








 昨日のレンタサイクル屋で自転車を借り、目指すはヒマラヤ山脈のビューポイントとなっている山、サランコットだ。軽快にペダルを漕ぎ、麓の売店の人に道を聞きながら山道の入り口までたどりついた。
 湖沿いの売店に自転車を置かせてもらい、石のごつごつした山道を登っていく。観光客は僕しかいない。せっかくのチャンスなのにもったいないなあ、そう思いながら道を進んでいくと、前方に何人か人の姿が見えた。観光客だろうと思ってそちらの方に歩いていったら、いつの間にか姿が見えなくなった。いったいどこに行ってしまったのだろう。
 早足でしばらく歩いていくと、再び彼らの姿を発見した。彼らは山の急斜面に登り、何やら作業を始めている。どうやら材木になる木を切り出しているようだ。

 しまった、観光客ではなかった。仕方がないので、そのまま前進して山を登っていくと、途中で道がなくなってしまった。
 これはまずい。とりあえず引き返そうと思ったら、遠くのほうに細い小道が見えた。あっちが本当の登山道だったようだ。せっかく登った苦労を無駄にしたくなかったので、強引に急斜面を攀じ登り、途中何度も後悔しながら死ぬ思いで小道に合流した。

 昨日降った雨で足場は悪い。下手して足を滑らせたら大変なことになっていたが、これでどうやら無事に登頂できそうだ。
 普段使わない筋肉を使ったせいか体中がだるく、汗が大量に噴出す。何度も休みながら山頂にたどり着くと、その向こう側にはもうひとつの山があった。




 どうやらここは山頂ではないらしい。民家がまばらにあり、牛と羊がのんびりと干藁を食べている。
 民家の軒下におじゃましておばちゃんに話を聞くと、サランコットの山頂まではここからまだ1時間くらいかかるらしい。

 もう無理だ。
 自分に優しく、比較的簡単にあきらめてしまいがちな性格なので山頂へ行くのはやめにした。
 ここまで登るのでけっこう時間を使ったから、登ったとしても、もうヒマラヤ山脈は見えないだろう。激しく自分にそう言い聞かせて休憩した。

 山の裏側のヒマラヤ山脈は見えなかったけれど、ここから湖は一望できる。これで十分、今日ここにきた甲斐はあった。やれるだけのことはやった。いや、むしろよくやった。お疲れ様でした。

 山頂かと思った場所に点在している民家は段々畑で農家をしており、本当にのどかで気分がいい。人もすごく優しいし、牛や羊ものんびりと暮らしている。おばちゃんや子供と少し遊んで、疲れがだいぶ癒されたので下山した。






湖は一望できた。


変な虫を発見。


 どうやら、サランコットに登るには、町の反対側からまわって山の裏側の斜面を登るコースが一般的らしい。それだと、舗装された道路が山頂のすぐそばまで伸びていて、タクシーを使えば簡単に登れるそうだ。ちゃんと調べていかなかった自分が悪いのだけれど、事前の情報収集は大事だなと思った。
 結局、今日はとことん疲れて、午後は宿の部屋に戻って眠ってしまった。


湖で釣りをしている人もいた。


 夜中にはここポカラで出会った日本人のK君と彼のホテルで旅話をした。K君は日本で仕事を持っていて、ゴールデンウィークを使って短期旅行に訪れていた。泊まっているホテルも僕の泊まっている部屋の6倍の値段で、部屋の外にはテーブルとイスの置かれた居心地のいいくつろぎ場所があった。
 話を聞くと、K君は高校生でバックパッカーを始めた早熟パッカーらしい。19歳で世界一周をしているT君といい、最近の若者は海外志向が強いのだろうか。

 僕なんて、20歳で初めて行った海外がアメリカ10日間のパック旅行だったというのに……。
 

author:tiger, category:ネパール編, 16:29
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のんびりした一日
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて58日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 今日はのんびりした1日だった。T君は風邪がひどくなる一方で、ドミトリーで寝込んでいる。僕はというと、3日連続となるレンタサイクルでいつもの湖畔のカフェに行き、チャイを飲みながら日記を書き、読書をしていた。
 ポカラはのんびりするには本当にいい場所だ。

 インドは今猛暑なので、あまり急いで戻りたくない。旅行会社からの情報によると、ストライキはまだ続いているけれど、インド国境のスノウリまでの観光バスは営業を再開したらしい。これでひとつ心配事が片付いた。あとは気分次第、もう数日はポカラにいようと思う。



湖畔で映画の撮影をやっていた。インド映画だろうか?



author:tiger, category:ネパール編, 16:33
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19歳パッカー、20歳になる!
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて59日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 19歳パッカーT君の風邪が治らない。というよりどんどん悪化している。今日で4日目、病状はどんどん悪化しているようだ。

 今日は彼にとって特別な日。そう、今日は彼の記念すべき20歳の誕生日なのだ。せっかくめでたい日なのに当の本人はそれどころではない。39度近い高熱にうなされ、頭痛、腹痛、下痢、吐き気。表情を見ているだけでかなり辛そうだ。
 風邪だと思うと言っていたけど、いっこうに治る気配がないので今日の午前中に一緒に病院に行ってみることにした。

 現地人と結婚し、ポカラに住んでいる日本人の人におすすめの病院を聞き、タクシーで病院へ。まあまあ大きな病院で、診療はすぐに受けられた。
 現在の状況を話すと、まだ何の診断もしていないのに300ルピー(360円)と書かれた紙を渡され、会計にいって金額を支払う。そのあとで体温と血圧を測り、聴診器をちょっと当てただけで診療は終了。5種類の薬をカルテに書いて渡され、薬を買って病院をあとにした(薬は249ルピー、300円)。

 診断前に診断料が決まり、診断も2枚着ている服の上から聴診器を当てようとする始末。そこは「おいおい!」と服を自ら脱いだものの、なんともいい加減な診断だった。これで大丈夫なのかと2人で首をかしげたけれど、あとは薬が効いてくれるのを願うしかない。




 実は彼が今日誕生日だということはだいぶ前に聞いていて、サプライズパーティーをしようと意図的に彼との話の中ではそのことに全く触れていなかった。彼自身、病院のカルテに生年月日と年齢を書くまでは自分が今日誕生日であることも忘れていたらしい。
 たった一人でドミトリーのベッドに寝込みながら20歳の誕生日を送るのはあまりにも寂しい。寂しすぎる(ドミトリーは彼一人しか泊まっていなかった)。

 夕方なんとか外に出られる状態になったのでオジヤの食べられるレストランに行き、事前にカトマンドゥで同宿だったメンバーに声をかけ(バラバラにポカラに来たので今はみんなバラバラの宿に泊まっている)、さやかな誕生日パーティーをとりおこなった。
 集まったメンバーは6人。昼間にオーダーしておいたT君の名前入りのバースデーケーキを取り出し、たまたま近くにいた日本人旅行者や欧米人も一緒になってハッピーバースデーを歌い、みんなで彼の二十歳の誕生日をお祝いした。








 T君もかなり嬉しそうだったけれど、これをパワーにして早く病気を完治させ、無事に世界一周を成し遂げてもらいたい。今晩の無理がたたって病気が悪化しなければいいけれど……。
 
 
author:tiger, category:ネパール編, 16:36
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のんびり生活
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて60日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 ポカラのんびり生活6日目。3泊4日のトレッキングを終えて山からK君が下山してきた。真っ黒な顔がさらに黒くなり、現地人と同化している。

 こちらは朝から散歩、メシ、読書、メシ、昼寝、ネット、散歩、メシ、酒というのんびりした一日を送っていた。名所をまわるだけが旅じゃない。トレッキングも疲れそうなのでやめてしまった。
 ここポカラはのんびりすることが滞在の醍醐味、このまま1ヶ月くらい何もせずにここにいてもいいかなと思えてしまう。
 今日は書くことがないのでこのへんで。



宿泊している「ホリーランド・ゲストハウス」


今日のヒマラヤ山脈もかなり綺麗に見えた。
 
author:tiger, category:ネパール編, 21:38
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湖の真ん中でずぶ濡れになる
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて61日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 朝早く目がさめて屋上に上がると、ヒマラヤ山脈が綺麗に見えていた。たぶんポカラに来てから一番はっきりと見わたせる。

 階下のドミトリーにいるT君に声をかけると、病気もだいぶよくなったというので一緒にサランコットに行ってきた。
 前に自力で登ろうとして挫折しているので、今回はタクシーをチャーターすることにした。ネパール、インドのタクシー料金は高い。というのも、ガソリンが1リットル140〜150円くらいし、日本より高いからだ。値段交渉して450ルピー(540円)で宿から往復してもらったけれど、けっこう距離があったので、値引きしすぎてしまったかもしれない。

 くねくねした山道を登っていくと、ヒマラヤ山脈がどんどん近づいてくる。山に霧がかからないか心配していたけど、頂上に登ってみると雪をかぶったヒマラヤ山脈が目の前にはっきりと見えた。
 ポカラからでは世界最高峰のエヴェレストは見えないけれど、標高8000メートル級の山々は富士山の2倍以上の高さがある。険しい感じもするけど、どちらかというと荘厳でかっこいい感じのする山々だった。ポカラといえば絶景のヒマラヤ山脈。時期的にあまり期待していなかったけれど、ポカラに来た一番の目的はこれで達成できたかんじだ。








 サランコットの山頂ではヒマラヤ山脈以上に綺麗なものを発見した。山頂の民家に住む15歳の美少女だ。性格もよさそうで、いくら探しても欠点が見当たらない。お姉さんもいてこちらも超美人だった。




 午後からはレンタルボートを貸しきって湖を遊覧した。可愛い女の子と一緒に乗ろうと目論んでいたため、今日までボートに乗るのを控えていたけど、もう滞在日数も残り少ない。そんな楽しいシチュエーションは期待できそうにないので、やむなく同宿の日本人男性3人でボートに乗ることにした。
 湖のなかにボートを浮かべると、周囲が急に静かになる。日焼けしすぎて完全に現地人化しているK君が船頭さんになってくれ、向こう岸、離れ小島、そしていつも行っている湖畔のレストランにボートで乗りつけた。








すっかり現地人と化したK君。


後ろ姿がセクシーなおっさん。


離れ小島。


 レストランで遅い昼食をとり、おのおの昼寝をしたり、ギターをひいたり、読書をしたり、自由に湖畔の時間を満喫した。

 2時間ほどのんびりしたあと夕方4時半になったので、ボートに乗ってボート乗り場に戻ることにした。暖色の光が山肌と湖を照らし、すずしい風が流れ込んで日焼けした肌に心地いい。

 と思っていたら、急にドス黒い雲が太陽を隠し、水滴が湖の上に落ちてきた。雨あしは次第に激しくなり、大きな雨粒が身体に痛い。
 あっという間にほとんど前が見えないくらいの土砂降りになり、パンツまでグッショグショ。風も強くなり波がボートを上下に揺らすほどになったので、レストランに後戻りすることもできない。ボートの中にはすでにけっこうな量の雨が溜まっている。
 
 湖の中央で孤立……。幸い風の方向が町側の岸辺に向かっていたので、ひっしにボートを漕ぎ、なんとか岸辺までたどりついた。荷物はT君が病み上がりの身をていして守ってくれていた。
 ボートを岸につないでレストランに逃げ込み、温かいチャイを飲む。たぶんこの旅で一番美味しいチャイだった。

 雨があがるのを待って、ボート乗り場までたどり着いた時はヘトヘトだった。でも、こういうハプニングはあとで思い返すと面白い。
 一番面白かったのは、逃げ込んだレストランでビショビショになった僕らを見て大笑いした日本人女性と欧米人のカップルが、雨があがったあとにボートに乗り、ふたたび降りだした夕立にもろにぶつかって、服も荷物もずぶ濡れになっていたことだ。
 必死にオールを漕いでいるのだけれど、ボートがクルクル回ってなかなか前に進まない。実はこちらもボートに乗っていて、雨の影響を受けていたのだけれど、このときばかりは「もっと降れ! もっと強風になれ!」と強く願った。

 こっちはもういくら濡れても一緒だったし、そういうカップルって、はっきり言って胸くそ悪いんだよね。

author:tiger, category:ネパール編, 20:14
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再び現地の学校へ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて62日目
現在、ネパールのポカラにいます。


 今日は同宿のT君とK君が現地の学校に行ってみたいというので、3人でレンタサイクルを借りて前に行った学校まで行ってきた。

 レンタサイクルを借りるのも今日で6日目。湖畔のレストランに行くのが毎日の習慣になっているので、だいぶマウンテンバイクの扱いにも慣れ、少し乗ったくらいでは疲れなくなってきた。




 午後1時すぎに学校に到着すると、ちょうど昼休みの時間で、校門にいるパン売りのおばさんのところに生徒が群がっていた。
 門を開けてもらってなかに入ると、前回僕に校舎内を案内してくれた先生がちょうどいて、僕たちを歓迎してくれた。






 その先生は僕が再訪したことと友人を連れてきたことを大変喜んでくれた。またしても職員室に僕らを通して他の先生方に紹介してくれ、さらに今回は校長室に入って校長先生にまで僕たちのことを紹介してくれた。なんとも恐縮してしまう。


校長室


 授業が始まったので、教室を見てまわらせてもらった。13クラスあるというので、全部のクラスを見ようと思ったのだけれど、最初に通ったクラスの生徒に手をひっぱられて教室に入り、担当の先生もいなかったので、3人で自己紹介をおこなった。
 このクラスでは9〜10歳の生徒が勉強しているらしい。せっかくなので、担当の先生がくるまでK君と一緒に授業をさせてもらうことにした。(T君は早々に廊下に逃げてしまった)








 日本の地図を書き、「TOKYO」と「OSAKA」を聞いてみる。次にネパールの地図を書いてもらい、ポカラとカトマンドゥの場所を教えてもらう。僕の渾身の「ドラえもん」は残念ながらみんな知らなかったようだけれど、最後は日本語の挨拶「こんにちは」「ありがとう」「さよなら」を教えているうちに、いつの間にか授業時間が終わってしまった。
 30分以上教室にいたけど、担当の先生は結局現れなかった。というより、廊下に5、6人の先生が集まってこちらの授業を見ていたので、その時間を任されたのかもしれない。

 本当はいろいろなクラスの授業を見てまわりたかったのだけれど、日本語で僕らに挨拶をしながら下校していく生徒を見ていると嬉しくなった。K君もいい経験ができたと喜んでいるようだった。




 明日の早朝、ポカラを出てルンビニに行くことにした。ポカラを離れる前にもう一度現地の学校を再訪できてよかった。

 ポカラに来て今日ですでに8日目。これくらい同じ場所にいると結構顔なじみができてくる。レンタサイクルの夫婦、湖畔の喫茶店の従業員、宿のスタッフ、よく行くレストランのおばちゃん、彼らとは毎日顔を合わせているけれど、みんな優しくて親切だった。
 ポカラはとても居心地がよく、景色も気候も食事も人も町の雰囲気も素晴らしかった。もう一ヶ月くらいいてもいい感じだ。

 できたらまたポカラの町に来てみよう、で、次に来たときにはトレッキングをしてみてもいいかな、ちょっとそう思った。

  
 
 
author:tiger, category:ネパール編, 20:19
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ブッダ生誕の地・ルンビニへ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて63日目
現在、ネパールのルンビニにいます。


 朝5時半に起きして、いつものように屋上にあがり、ヒマラヤ山脈を見る。今日のヒマラヤ山脈は山の輪郭がはっきりわかるほどよく見えた。
 そして、いつものように近くの食堂に行き、チャイを頼む。笑顔の素敵なおばちゃんは今日も朝から元気そうだ。歩きながらパンを売っている兄ちゃんから20ルピー(40円)の出来たてのパンを2つ買い、チャイを飲みながら食べる。ポカラの朝は気持ちいい。


お世話になった食堂のおじさんとおばちゃん。


 宿に戻り、急いでチェックアウトし、管理人のおじさんにお礼を言って宿を出る。9日間本当にお世話になった。
 T君、K君とともにタクシーでバスターミナルへ。スノウリ行きのバスは午前7時にポカラをたった。
 今日でネパールビザが切れるT君はそのままインドの国境を越え、ヴァラナシにむかう。僕はというと、K君とともにルンビニに寄ってからヴァラナシに向かうことにした。


8日間泊まった部屋。


宿のスタッフはとても親切だった。


 スノウリの手前のバイラワという町でバスを降り、乗り合いジープをつかまえると、定員いっぱいでジープの上の荷物置場に追いやられた。そこにはすでに欧米人が4人とバックパックがいっぱいいて、ここも満員状態。キャリーにしがみつきながら悪路を進んだ。

 激しく揺れながら走るジープは途中でエンジンがかからなくなるアクシデントがあったものの、なんとかルンビニに到着した。僕とバックパックのほうも何とか揺れ落とされずに到着。ルンビニはとても小さな町だった。


ジープの上は満員だった。


 ルンビニという町はブッダの生誕地として知られている。ブッダは2500年ほど前にここルンビニで釈迦族の王子として生まれ、ゴータマ・スィッダールタと名づけられた。その後、世俗を捨てて修行にはいり、ブッダ・ガヤーの菩提樹の下で瞑想して覚りをひらいた。

 ルンビニもブッダ・ガヤーと同じく仏教の聖地で、各国の寺院が集まっている。今回はそのなかで「韓国寺」に泊まらせてもらうことにした。
 なぜ「日本寺」にしなかったかというと、日本寺は他の寺院群から離れていてけっこう遠い。そこまでバックパックを持っていくのが大変だし、宿泊者には修行がかせられるという。それに対し韓国寺は宿泊施設も整っていて、宿泊、食事3食が無料。朝夕のお勤めも自由参加だというので、そちらにした。

 韓国寺には韓国人旅行者をはじめ、日本人や欧米人まで泊まっていて、けっこう人気があるようだ。泊まらせてもらった部屋も4人部屋でとても広くて綺麗だった。


韓国寺。


 到着したのが夕方だったので、少し休んで夕食をいただいた。キムチ、味噌汁、煮物、カレー、野菜スティック、お茶が食べ飲み放題。ここぞとばかりに山盛りによそっていただくと、味もなかなか美味く、無料なのが申し訳ないくらいの夕食だった。

 夕食が終わると夕方のお勤めがはじまる。これも参加は自由。30分ほどお祈りをし、お勤めが終わって夜8時になると停電で真っ暗になった。お寺の夜は早い。明日も早朝5時から朝のお勤めがはじまるので、夜の9時には床に入り眠りについた。


食事はバイキング方式。


部屋には蚊帳がついていた。


 そういえば、インドについてから今日でちょうど2ヶ月。途中経過を報告しておくと、

 ・旅の日数……61日
 ・訪れた都市……12都市
 ・泊まった宿………………12軒
 ・使った宿代………………1万6730円(1日あたり275円)
 ・総経費……………………64000円くらい(ネパールビザの4000円含む)

 だいたい予算は予定どおり。お土産のほうもかなり買い込んだのでバックパックはパンパンだ。体調は万全、腹の調子もすこぶるよい。こんなに何の問題もなく旅が進んでいいのだろうかと思うほどこれまでの旅は順調だ。


 インド・ネパールの滞在は残り10日ちょっとを予定しているけれど、まだまだ油断は禁物。明日は各国の寺院に参拝してお願いをしておこう。
 
 ――最後まで旅が順調に進みますように。

author:tiger, category:ネパール編, 20:21
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「無料」のプレッシャー
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて64日目
現在、ネパールのルンビニにいます。


 この韓国寺で義務付けられていることは、ほとんどない。寺院内での酒、タバコ、ハッパはご法度だが、朝夕のお勤めは自由参加、食事は無料で朝昼晩の3食出て、宿泊費も無料。宿泊名簿には名前と国名しか書く欄がない。

「無料」というのはプレッシャーがかかる。こちらがお金を出して、その分のサービスをしてもらうわけではないので、下手なことはできない。
 誰に強要されるわけでもないけれど、寺院内ではできるだけつつましやかにし、食事の片付けなどはできるだけ率先してやるようにする。部屋もできるだけ汚さないように心がける。
 ユースホステルでは我がもの顔で夜中までさわいでいる欧米人もさすがにここではおとなしい。これが「無料」のプレッシャーなんだろうか。

 今日は朝5時からのお勤めに参加し、6時からの朝食をいただいてから外出した。昨日一緒にポカラから来たK君は先を急ぎ、今日の朝にはルンビニを出発してしまった。

 お寺でレンタルサイクルを借り(1日50ルピー、60円)、今日まず訪れたのはマーヤー聖堂。ブッダが生誕したといわれる場所だ。
 聖堂の周りには菩提樹が何本か立っていて、いい雰囲気を作り出している。マーヤー聖堂内は遺跡跡になっていてブッダが生まれた場所が正確に指し示してあったけれど、それを見たからといって「そうなんだ」と思う以外は何もない。とりあえず尊い場所であることには間違いないので、丁寧に拝んでおいた。


菩提樹大好き!




ブッダが生まれた場所。


 そのあとはルンビニにある各国の寺院をまわっていった。チベット寺、ネパール寺、ミャンマー寺、タイ寺、ドイツ寺、中国寺、少し遠い日本山妙法寺にも足をのばし、時間があったので、ルンビニ博物館にも行ってみた。
 ブッダ・ガヤーでも各国のお寺まわりはしていたからそれほど目につくものはなかったけれど、ドイツ寺は外装内装ともに美しく、壁に描かれているお釈迦様の絵も他の寺院とは一風かわっていた。


ミャンマーのゴールデンテンプル


タイ寺


ルンビニ博物館


日本山法妙寺仏塔


日本山法妙寺


ドイツ寺


ドイツ寺


ドイツ寺にあった超ビッグなマニ車(お経が書かれていて回すとお経を読んだことになる)


中国寺


 朝早く観光を始めたのでお昼には観光を終えて韓国寺に帰ってきた。韓国寺ではこの日の午前中に法事があったらしく、各国の僧侶がたくさん来ていて、そのせいか昼食も豪華だった。
 午後からはのんびりと時間を使った。ブログを書いて、読書をして、昼寝をして、音楽を聴く。気が付けば夕方になっており、夕食を食べて夕方のお勤めをしたと思ったら早くも消灯時間になった。

 ポカラでも早朝のヒマラヤ山脈を見ようと早起きしていたので、最近はとても健康的な生活を送っている。早起きするのは気持ちいい。午前中がこんなに長いのかとびっくりさせられる。
 僕はもともと夜遊びライフ専門だけれど……。



豪華な昼食。
author:tiger, category:ネパール編, 20:23
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