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カジュラーホーへ移動
span style="color:#0000FF">旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて11日目
現在、インドのカジュラーホーにいます。

 朝3時半に起床して4時にホテルを出ると、ホテルの前にリクシャが待機してくれていた。バスの発車が5時でバスターミナルまで距離があるので、ホテルで頼んでおいたのだ。
 料金は100ルピー(200円)。実際は50ルピーくらいだろうけど、時間が時間だけに仕方なく納得した。どうせその時間はリクシャがつかまらないだろうから。

 アーグラからカジュラーホーまでは交通の便があまりよくない。列車とバスの乗り継ぎも考えたけれど、イードガーバスターミナルから直行のバスがあると知ってそれに乗ることにした。少々時間がかかっても、少々乗り心地が悪くても、乗り換えは面倒くさいので「直行」は魅力的だ。
 長距離移動は慣れているし、いくら乗り心地が悪くても熟睡できる神経の持ち主なのでたぶん問題ないだろう。

 早朝5時、バスはイードガーバスターミナルを出発した。バスは早朝にもかかわらず満席で、シートも狭い。それでも出発して10分もたたないうちに熟睡してしまった。予定到着時間は夕方の5時。12時間もあるので、逆に寝やすい。
 結局、一度もトイレに行かず、停車中に車内に入り込んでくるインド人の売り子から食べ物を買って、カジュラーホーに行くまで一度も車内から出なかった。たぶん、6〜7割は寝ていたと思う。


 バスは予定より30分早い夕方4時半にカジュラーホーのバスターミナルに到着した。
 到着したときには乗客は僕を含めて2人しかいなかった。アーグラからカジュラーホーへ移動する旅行者はけっこういるはずだけど、このバスの存在をみんなは知らないのか、それともこんなローカルバスは使いたくないんだろうか。外国人旅行者は発車から到着まで僕一人しかいなかった。
 バスターミナルからホテル街までは歩いていけそうな距離だったけど、サイクルリクシャのオヤジと10ルピー(20円)で話がついたのでリクシャを使った。


途中で沐浴する池があった。


 10分ほど走って、着いたホテルは「Paramod Palace」。これはデリーの宿でお世話になったディーパックさんが紹介してくれた宿で、彼のお兄さんが経営しているホテルだ。お兄さんはどことなくディーパックさんと顔が似ていてすぐにそれと分かった。弟より痩せていて、ジェントルマンな感じだった。(日本語は話せない)
 部屋はシングルでシャワー・トイレ付。これまでの宿の倍の広さがあるすごく居心地のいい部屋だったけど、ディーパックさんが連絡をいれてくれていたお陰でディスカウントしてくれ、格安の150ルピー(300円)で泊めてもらえることになった。いろんな人と仲良くしておくといいことがあるもんだ。


「Paramod Palace」。中央がディーパックさんのお兄さん。


今回の部屋。なかなか居心地がいい。


 少し休んでさっそく外出してみることにした。この町は今まで滞在したデリー、アーグラとはちょっと違った。
 町を歩くと、やたらとインド人がくっついてくる。片言の日本語を話すインド人がやたら多い。それがツアーの勧誘や土産物屋の押し売りなら適当にあしらうのだけれど、どうやら彼らは日本人と話したいらしい。
「日本語を教えてくれ」とか「インドはどうだ?」とか聞いてくるので、ついつい話をしてしまう。なんだかんだでチャイを2杯ごちそうになり、この町のことをいろいろ聞いた。
 この町の物価は基本的にはデリーやアーグラより安いようだ。ただ、インターネットが外国人料金40ルピー(80円)、お酒は安くてもビール一本80ルピー(160円)とかなり高額らしい(デリーではビール一本35ルピーだった)。
 それでも、インド人価格の1時間20ルピー(40円)でネット屋に口利きをしてもらい、海賊版DVDも1枚30ルピー(60円)で購入できた。換金率のいい両替屋も教えてもらった。インド人に対しては警戒しなければいけないことも多いけど、仲良くなれば得をすることもある。

 それから驚いたことは、町中であったインド人の多くがディーパックさんのことを知っていたことだ。お兄さんがホテルを経営しているとはいえ、彼の名前を出したことで値段が現地人価格になる。狭い町とはいえ、これはかなり助かった。

 明日は観光する予定。観光場所は現地人が言うところの「ジキジキテンプル」(セックス寺)だ。
 今日は疲れた。長距離移動というよりも、久しぶりに英語だけで何人ものインド人とずっと話をしていたことに。


・本日むかついた回数 1回 
※「どこに行くんだ?」と聞かれて「分からない、その辺を散歩するだけだ」と答えて通りすぎたら、「ノーグッドマン」と言われ、ちょっとむかついた。
・本日キレた回数 0回



ホテルの屋上テラスから。

author:tiger, category:インド編, 19:22
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ジキジキテンプルへ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて12日目
現在、インドのカジュラーホーにいます。


 インドもだんだん暑くなってきた。あまり昼間は動きたくないので、今日も早朝7時にホテルを出て、お寺を観光しにいった。
 カジュラーホーには寺院の遺跡群があって、西寺院群、東寺院群、南寺院群に分けられている。1日でそれらを回ることも十分に可能だけれど、今日はホテルから歩いて5分の西寺院群に行ってみることにした。
 
 この寺院群を現地人は笑いながら「ジキジキテンプル」と呼んでいる。「ジキジキ」はヒンディー語で「SEX」だから、「セックス寺」だ。
 寺院群の前でチャイ(3ルピー)を飲んでいると、本売りのおっさんがやってきた。朝早いのにご苦労なことだ。
実はインドで買いたい本が1冊あった。タイトルは「KAMA SUTRA(カマストラ)」。
 カマストラはインドでとても有名な本で、昔の王様が女とHをしている時の体位が絵入りで書かれている。ネタ的にちょっと面白そうなのでお土産として探していた。デリーで探していた時は値引き交渉しても120ルピー(240円)だったけど、さすが「ジキジキテンプル」のあるカジュラーホー。値段交渉の末に40ルピー(80円)で購入することできた(ここはあえて英語版ではなくヒンディー語版にした)。




「カマストラ」


 西寺院群は入場料が250ルピー(500円)かかる(東と南の寺院群は入場無料だ)。敷地内には6つの寺院があって、寺自体はさほど大きくはない。どの寺もおおよその作りは同じだけれど、外壁いっぱいに施されたレリーフが見事だった。
 インド人のエロティシズムを見てやろうと思って、なかば冷やかし程度に来たのだけれど、よくもまあここまで細かく作り上げてるなと驚かされた。レリーフは男女が一組になっているものが多い。そして、ところどころに色んな体位でHをしている彫刻を見つけることができる。なかには動物とHをしているものなんかもある。

 まだ早朝でほとんど観光客はいなかった。暇をもてあましているらしい警備員のインド人が僕に色々と案内をしてくれた。
これがシヴァ神だ、これはとても珍しい彫刻だ、そしてこれは「ジキジキ」だ……。「ジキジキだ」という時だけとても嬉しそうだ。

 丁寧に説明してもらって色々と面白かった。最後に「お礼はないのか?」とお決まりのフレーズを言われたけど、「ない」と言ったら意外にも簡単に引き下がった。警備員がガイドをする自体がルール違反で、あまりもめたくはないんだろう。
 遺跡の細かい説明をするのもなんなので、あとは写真で。


















お馬さんにやってます。


お馬さんにやられてます。


 観光は10時くらいには終了した。
 朝早かったので宿に帰って昼寝をし、3時くらいから町を散歩した。この町は狭い。だから町を歩いていると同じインド人に何回も出会う。会うといつも、「おおっ、ナマステ!(こんにちは)俺のこと覚えているか?」だ。
 向こうに悪気はないんだけれど、インド人の顔なんて1回会ったくらいじゃ覚えられん。ゆっくり町を散歩したいのに、ものの20メートルも歩けば声を掛けられる。
 むかつきはしないけど、かなり面倒くさい。というか、ゆっくり一人で町を歩きたいから、いいかげんにしてほしい。


ここの売店は落ち着く。おっさんが話しかけてこない。


 それでも、仲良くなった14歳のガキんちょ2人とお茶を飲みにいき(ご馳走してもらった)、そのあとで歩いて15分くらいの場所にあるオールドシティを案内してもらった。
 ニューシティが観光ビジネスをやっているのに対し、このオールドシティにはまだカースト制度が残っている。バラモン、クシャトリア、ヴァイシャ、スードラ。4つの階級によって身分と職業が決められる。現在は法的にカースト制度はなくなったとされているけれど、地域によってはまだ存在しているらしい。
 オールドシティを歩くと、道の途中に少しコンクリートが盛り上がった境界線のようなものがある。これが階級の境界線らしい。外から見るぶんにはさほど違いはないけれど、家の中に入らせてもらうと、貧富の差が感じられた。
 スードラの仕事は清掃員、ヴァイシャの仕事はリクシャなどの運転手、クシャトリアはお寺を作る仕事で、バラモンは「プレイ・ゴッド」らしい。「プレイ・ゴッド」は神様をやっているのが仕事だ。収入は何もしなくてもお布施で収入が入ってくるのだそうだ(いいな〜)。




この道の盛り上がりが階級の境界線らしい。


 それでも、町の雰囲気に悲壮感はなかった。どの階級のエリアも子供たちが元気よく走り回り、大人たちも明るい。学校に通えない子供たちのために、ボランティアで学校を運営している人もいるそうだ。
 それでも実際は見えないところに収入の障害があり、職業の自由がない。そのことを考えると、そんなに簡単な問題ではないんだろう。

 夜中は案内してくれたガキんちょ2人と沐浴をする池の水辺で、屋台で買ってきたサモサを食いながら夕食をとった。「ここなら他のインド人が話に入ってこないから」とガキんちょが気をつかってくれたのだ。
 安いお酒も買ってきてもらった。これまで金銭や物品を全くねだってこなかったので、ここは僕がおごってあげた(といっても、3人で60ルピーだけれど)。2人ともまだ14歳なのにしっかりしている。日中は面倒くさくて仕方のなかったインド人だけど、2人のおかげで癒された。



author:tiger, category:インド編, 19:23
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喧騒のないインド
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて13日目
現在、インドのカジュラーホーにいます。


 昨日行った西寺院群につづき、今日は朝から自転車をレンタルして東寺院群と南寺院群に行ってきた。

 東寺院群は昨日行ったオールドシティの近くにあり宿からは自転車で15分くらいのところ。朝6時半に宿を出発したので、太陽も低く、人もほとんどいない。自転車で風を切りながら景色を見るのが心地よかった。




 東遺跡群には3つの寺が固まってあったけど、どの寺院も建物の造り自体は昨日まわった西遺跡群とそんなに違いはなく、自分ではゆっくり見たはずなのに合計40分ほどで見終わった。








かなり強引に修復している。本物はほんの一部だけ。


遺跡の欠片がごろごろしていた。


 そして次は南遺跡群にむかった。南遺跡群では2つの寺院をまわったけれど、この2つの寺院も西遺跡群の規模の小さいものというかんじで特別驚くようなものはなかった。
 ただ、東遺跡群からは少し離れており、途中で川やファーム、小さい集落を通り抜けたのが楽しかった。農家のおばあさんと話し、学校に登校の子供たちと自転車と停めて話す。
 子供たちはかわいい。カワイイ声で「ナマステー(こんにちは)」と言い、つづいて「ギブミー・ジャパニーズペン」と言って手を伸ばす(笑)。
今までは町の中ばかりまわっていたので分からなかったけど、周りに田んぼしかない田舎の小路は新鮮だった。あたりまえのことなんだけど、喧騒のないインドもあるんだなと思った。
















 そのあとは昨日行ったオールドシティにもう一度行ってみた。オールドシティでも日本人は人気がある。民家に招かれてチャイをご馳走になり、家の中を見せてもらった。いろいろ話をして楽しかったんだけれど、後半は「学校のために寄付をしてくれ」と言ってきた。「今お金がない」というと、「ドルでもユーロでもいいから」としつこいので、最後はむかついて家を出た。
 そういう要求は覚悟しているし、払わないと決めているからそんなに困りはしないけれど、やっぱり少しさみしいなと思う。


クシャトリアの民家。






みんな公共の井戸で水を補給する。


猿の神様らしい。


怪しげなおっさんに怪しげなお祈りをしてもらった。




 午後はホテルの周りであまり知り合いのインド人に会わないようにのんびりすごした。昨日の2人のガキんちょとも再会して話をし、夕方からは外には出ず、ホテルの部屋で日記を書いていた。
 明日の朝には次の目的地「バラナシ」に移動する。この町はよかったにはよかったけれど、「友達攻め」に結構疲れた。ガンジス川に行って癒されよう。
author:tiger, category:インド編, 19:25
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聖地ヴァラナシへ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて14日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 インドで「聖地」と呼ばれている町がある。母なる大河・ガンガー(ガンジス川)の流れるヒンデゥー教最大の聖地・ヴァラナシ(ヴァラーナスィー)だ。

 今日は移動日。早朝6時のバスに乗り、ヴァラナシを目指す(260ルピー)。普通の観光客はサトナーまでバスで行って、そこから列車に乗り継ぐパターンが多いみたいだけど、こっちのローカルバスの方が直通で安いので、少々の乗り心地の悪さは目をつむってこちらにした。

 バスはデコボコ道をかなり荒い運転で走行していく。前回同じく外国人は僕一人だったけど、前回以上に運転がかなり強引だった。クラクションをけたたましく鳴らしながら、道路をはみだして次々に前方の車に追い越しをかけていく。
 最初はさすがに危なっかしくて気が気でなかったけれど、気が付いたらいつものように熟睡していた。






 バスがヴァラナシについたのは夜8時だった。運転手のおっさんは14時間、一度も運転を代わることなく、荒い運転のままぶっとばした。給料をいくらもらっているかは知らないけれど、これじゃ、事故も起きるなあと思う。

 バスを降りると、いつものようにリキシャのおやじがよってきた。宿はとりあえず「久美子ハウス」に行ってみることにした。「久美子ハウス」は世界を旅する日本人パッカーなら誰でも知っている伝説の宿。一度どんなもんか見てみようと思ったのだ。
 値段交渉に15分くらいかかって、ようやく60ルピー(120円)で行ってくれるリキシャを見つけた。高級ショップのならぶ繁華街を通り、リキシャとバイクと車でごったがえすローカルエリアを通り、路地の途中までいったところでリキシャを降りる。




「久美子ハウス」は新館と旧館があり、久美子さんはインド人の旦那さんと旧館のほうに住んでいる。シングルルームはいっぱいらしかったけれど、シングルがいいと言うと、物置にしてあった部屋を片付けてくれ、一泊80ルピー(160円)で泊まられてくれた。
 部屋はめっちゃ狭かったけど贅沢は言えない。窓を開けると目の前にはガンジス川が流れている。ガンジス川はこの旅で一番楽しみにしていた場所。明日は午前中からガンジス川沿いを歩いてみよう。


本日の寝床。
author:tiger, category:インド編, 19:28
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ガンガーと火葬場
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて15日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 朝6時に目が覚めた。ベランダから外ををのぞくと、何艘かのボートがゆっくりと動いているだけのとても静かなガンガー(ガンジス川)だった。
 3階のドミトリーの部屋から屋上に上がる。屋上ではなぜか寝袋にくるまった日本人が一人眠っていた。ドミトリーは50ルピー(100円)だけど、さらに節約生活を送っているのだろうか。
 久美子ハウスも独特の雰囲気があった。ドミトリーは居間に雑魚寝という感じで、まさにインドチック。長期滞在者が多く、滞在者はみなJ−Walkのボーカル、もしくはプロレスラーの本田多聞のような風貌をしている。久美子さんはいい人だし、旅人は一度ここに訪れてみるのもいいかもしれない。


部屋から見えるガンジス川


屋上から見えるガンジス川(日本人の住居者1名あり)


久美子ハウスのドミトリー。


 屋上からの眺めはなかなかのものだった。ガンジス川が一望でき、心が落ち着く。早朝散歩をしようと思って下に降りると、入り口の部屋に久美子さんと旦那さんが眠っていた。起こしてカギを開けてもらうのも悪いので部屋に戻ることにした。

 久美子ハウスでは8時が朝食の時間だ。30ルピー(60円)で朝食を出してくれる。夕方も30ルピーで食べられるから、ドミトリーで生活していれば一日150円くらいあれば生活できる。フロントで水とか買えば外に出る必要もない。これは沈没者(長期滞在者)が増えるわけだと思った。
 朝食をいただいてから、宿の目の前にあるガンジス川に下りてみた。まだ9時前くらいだったけれど、すでに沐浴している人や川で洗濯している人の姿が見える。ポストカードを売る少女やお土産のアクセサリーを並べているおばさんもいた。


壁には久美子ハウスの宣伝が。川沿いをあるけばすぐわかる。










朝から沐浴をしている人もいた。




 川は想像していたより、ずっと綺麗に見えた。ゴミもほとんど浮いていない。とりあえず北に向かって川沿い(ガード)を下っていく。何人かのインド人に声をかけられる。

「マッサージ10ルピー」「ボートに乗らないか」
「ノーサンキュー」

 意外にあっさりあきらめてくれる。
 40分くらいかけてゆっくり歩いていくと、火葬場の前に出た。ここは写真撮影が禁止されている。当たり前といえば当たり前なんだけど、ここで写真を撮った日本人が何人も投獄されていると聞くから、相当厳しいんだろう。
 知り合いになったインド人が案内してくれ、写真をとって大丈夫な場所を教えてくれた。そのあと、火葬場の目の前の建物に案内してくれ、そこからは火葬場が一望できた。


右手の少し煙が見えている場所が火葬場。


裏には大量の薪が並べられていた。

 
 梯子のようなものに全身を布でつつまれた死体が載せられ、神輿のようにして次々と運ばれてくる。女性にはオレンジ色の布が被せてあるらしい。運ばれた死体は一度ガンジス川の聖水に浸され、そのあと薪が並べられている上に載せられる。
 火葬場は女性は入れない。そして、火葬されている時に涙を流してはいけないらしい。涙を流すと死者が永眠できないというのが理由らしい。それでも家族が一緒にいるケースは稀だった。ほとんどの死体は単身でここにやってくる。
 インドではガンジス川で死を迎え、そこに流されることが最大の喜びとされている。インド全土から死に場所を求めて老人が集まり、そこで焼かれるためにガンジス川で死を待つ。「死を待つ家」というのがあるらしいから、その観念はよほど強いのだろう。ただ、ガンジスにたどり着く前に息絶える人も多いらしい。

 燃やされた死体は布が燃え、焼けただれた足などがところどころからのぞいていた。上空には多くの鳥が旋回していたが、異臭はほとんどなかった。火葬されていく人を見ていると、目を逸らすというよりも、ただただその情景をぼーっと見ているだけでいつのまにか時間が過ぎていった。
 焼かれて炭になった薪と死体はガンジス川に流される。流される川縁でザルで水底をさらっている人がいたが、それは貴金属を探しているんだとインド人が教えてくれた。

 そのままずっとそこにいて眺めていたい気分だったけれど、やたらと薪代を寄付しろと言ってくるしつこいインド人が来たので火葬場を出ることにした。
 ここに来る前までは川縁の火葬場で焼かれて川に流されるのなんて……と思っていたけど、実際にこの目で見ると、これが自然な死に方のような気がしてくるから不思議だ。日本のようにオーブンみたいなものに入れられ、密閉された空間の中で苦しみながら焼かれ、狭い骨壷に閉じ込められるのはちょっと嫌だなと思った。
 
 午後には宿を移動した。久美子ハウスでは他のシングルルームが空かないらしく、今いる部屋がかなり狭くて汚かったのでどうしようと思っていたら、たまたま町を散歩している時によさそうなホテルを見つけたからだ。
「BABAゲストハウス」。
 ダブルルームが250ルピーで、4泊以上すると一泊200ルピー(400円)にしてくれるという。今は学生旅行のシーズンなので手ごろなホテルのシングルはほとんど空いていない。部屋に案内されると3人がゆったり寝られるほどのベッドがあり、温水シャワーとトイレも部屋についている。何よりとても清潔でホテル自体もとても居心地がよかったので、ここに泊まることにした。


「BABAゲストハウス」


宿のおばさん&子供。


 夕方からはこのホテルで知り合った日本人2人と一緒にガンジス川でボートに乗った。これについてはまた明日の日記で。
 今日は広くて清潔な部屋でゆっくり眠りにつけそうだ。





ヴァラナシの町にはなぜか猿がたくさんいる。


バターのお菓子。もろにバターだった。。。

author:tiger, category:インド編, 19:37
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ガンジス川をボートでくだる
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて16日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 昨日の夜はぐっすり眠れた。9時に目を覚ましてシャワーを浴びると、午前中は部屋から一歩も出ないでのんびりしていた。
 ヴァラナシは観光地らしい観光地がなく、見る場所はほとんどガンジス川しかないのでいい。ここ数日は観光とか移動で忙しかったから、これから数日はゆっくりしようと思う。

 午後からはインドルピーが少なくなってきたので市街地のATMにお金を下ろしに行った。ところが、適当に歩けば大通りに出てATMもあるだろうと思っていたら、どんどんローカルエリアに突入していき、ATMがあってもカードが適応しないのかお金が下ろせない。
 結局、2時間歩いてお金が下ろせず、リキシャを使ってガンジス川に帰ってきてしまった。仕方がないので、残り少ないアメリカドルをインドルピーに両替し、そのあとは昨日と同じようにガンジス川沿いを散歩した。


気が付いたら全然予定と違うとこに来てた。




 昨日の夕方、日本人3人でガンジス川でボートに乗った。料金は1時間でひとり30ルピー(60円)、もちろん手漕ぎボートだ。
 夕日がちょうど顔を隠したくらいに乗ったのは残念だったけれど、ゆっくりとガンジス川の上を流されていると、ここがインドかと見紛うよう。熊本出身の農家の倅と福島出身の同い年のアネゴ、久しぶりに日本人と話しながらゆっくりガンジス川からガードを眺めていた。






ボートからは火葬場も見えた。人を焼く赤い火が見える。


 ボートに乗ったあとは夕方の7時からプージャーという礼拝が行われていた。この礼拝はガンジス川沿いで毎日行われているらしく、礼拝僧が川に灯篭を浮かべ、キャンドルに火をつけたものを数人のインド僧がドラなどの音楽に合わせて動かしながらお祈りする。
 多くのインド人と観光客が見に来ていたが、電光つきのゲートにインドらしからぬ綺麗なステージ、それが眩しいくらいにライトアップされ、なんとなく拍子抜けした感じだった。最初はちゃんと見ていたけれど、セレモニーは1時間あるというから途中からは飽きてしまい近くのガキんちょと遊んでいた。
 
 明日は何をしようかな? とりあえず金の下ろせるATMを探さなければ。



プージャー。






 
author:tiger, category:インド編, 19:41
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またしてもシティバンクのカードトラブル
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて17日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 今日は1週間ぶりにネットカフェに行き、たまっていたメールチェックとブログを更新して、午後からはATMを探しにいった。

 宿の人に僕のカードでもおろせそうなATMの場所を聞いて行ってみたのだけれど、5つくらいためしてみたけど全部おろせない。
さすがにおかしいと思って国際電話でシティバンクに電話すると、

「暗証番号の間違いでカードがストップされております」

 ということだった。さすがに何度も使っているカードの暗証番号を3回も間違えることはない。カードのセキュリティが悪く、どこかのATMで対応できずに勝手にストップがかかってしまったんだと思う。
 シティバンクのカードトラブルは本当に多い。以前はブラジルでスキミングされて200万円なくなってことがあるし(あとで補償されて全額返ってきた)、メキシコでは今回と同じように勝手にストップがかかっておろせなくなっていた。中国では初日でカードをなくしてしまうし(それは僕が悪いんだけど)、本当にシティバンクのカードとは相性が悪いらしい。

 他の旅人に聞いてもシティバンクのカードはそのたぐいのトラブルが多いらしい。
 カードのセキュリティが悪いことを分かっているくせに、カードやATMを変えるのには莫大な費用がかかるのでほったらかしにしているのだ。そのぶん、何かあったら補償しますよという考えのようだけれど、はっきり言って非常に迷惑。
 海外からだと電話をするだけでも費用がかさむし、不安にかられながらお金をおろさないといけない。アメリカの銀行もいつ潰れるかわからないご時世だから、いいかげんカードを切り替えたほうがいいかもしれない。

 まあ、なにはともあれカードがまた使えるようになり、この後も旅が続けられそうだ。

author:tiger, category:インド編, 16:09
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ガンジス川で沐浴をする
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて18日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 インドの気温もどんどん上がってきている。昨日は雨が降って少し涼しかったものの、今日は朝から太陽の照りつける蒸し暑い天候だった。
 というわけで、そろそろ頃合かなと思いガンジス川の沐浴に挑戦した。

 さすがに一人では抵抗があったので、現地で知り合った日本人旅人を誘い、2人でガンジス川にむかう。
 写真ではおびただしいインド人がガンジス川で沐浴をしているけれど、こちらに来て以来、そんな光景を目にしたことはない。こっそり入るというのも寂しいのでガンジス川沿いを歩きながら適当な沐浴場所を探していると、10人くらいのインド人が沐浴している手ごろな場所を見つけた。






牛さんも沐浴してました。


 水は見ているかぎり、そんなに汚れていない。こちらに来る前はもっと茶色く濁っていて、そこらへんに死体が浮いているんじゃないかと思っていたから、沐浴することにさほど抵抗はなかった。
 Tシャツ短パンのままで水に足をつけると、けっこう冷たい。それでも、いったん身体を静めるとすぐに慣れてきた。水も濁ってはいるものの、ベトベトした感じはなく気持ちいい。(アマゾン川よりずっと綺麗だ)
 さすがに水だけは飲まないように気をつけながら少し泳ぐと、すぐに足が届かなくなった。日本人が沐浴しているというので現地のインド人もよってきて、いつのまにかガキんちょたちと水の掛け合いがはじまり、聖なるガンジス川で大騒ぎ。まだ小さい子供も沐浴していたけれど、沐浴しているというより、泳いで遊んでいるという感じだった。
 中には仕事帰りなのか、スーツで来て沐浴している人もいる。大部分の人が石鹸を持参してきて、ここで身体を洗っている。




長澤まさみばりに沐浴しちゃいました。


仲良くなった二人のガキんちょ。


 これで悪いものが全部取り除かれる。今までやってきた悪行も全部チャラだ(なんて簡単なんだ)。帰国前にもう一度沐浴してみるのもいいかもしれない。


 夕方からは一緒に沐浴した日本人の友達がお土産にチャイを買いたいというので付き合った。
 どんなチャイがよくて、どこで買えばよいか、どれくらいの値段が相場なのか分からないので行きつけのレストランで仲良くなった従業員に聞くと、「俺がインド人が買う安い店に連れて行ってやる」という。
 毎日会って仲良くなっていたのでついて行ってみると、連れていかれた場所はメイン通りに面した量り売りの店で、アッサムが1キロ600ルピー(1200円)だった。もっと安いのはないかと聞くと、他のはクオリティが悪いからやめたほうがいいという。100グラムでも結構な量あるから、それならそのアッサムを500グラムくれというと、1キロからでないと売らないという。他のインド人はふつうに小売で買っている。ちょっとむかついたので、それなら買わないと言って店を出た。

 次に連れてきてもらった店はやたら日本語が上手な店員のいる店で、出してきたのが100グラム250ルピー(500円)のアッサム。それに、チャイをつくるにはマサラの粉が必要だと言われ、それが100グラムで250ルピー(500円)。これはもうお話にならない。1杯3ルピーで売ってるチャイの材料がこんなに高いはずがない。
 安いのをくれといっても、これしかないと言うので店を出た。

 3軒目に教えてもらった店は普通のチャイも飲める小さいチャイ店。「ここのチャイはうちのレストランでも買っている安いチャイだ」と店を教えてくれたインド人は言っていたけど、100グラム70ルピー(140円)というので、あきらかにおかしい。最初に行った店は質が高くて100グラム60ルピーだと言っていたのに、それよりも高いものを安レストランが買っているわけはない。頭にきたので、案内してもらったインド人に「もうお前の言うことは信じない、自分で探す」と言って店を出た。

 これじゃあ、たぶんどこの店を教えてもらってもボラれる。これはまずいと思って宿に帰り、フロントのお姉さんにチャイの現地人価格を聞いてみた。
 アッサムなら100グラムで14ルピーから25ルピー(28〜50円)、ダージリンだと少し高くて100グラムで30ルピーから35ルピーくらい(60〜70円)で質のいいものが買えるらしい。「チャイを作るにはマサラの粉が必要なの?」と聞くと、そんなものなくてもチャイは作れるし、必要なら自分で生姜をおろして入れれば十分だと教えてくれた。
 これは最初に行った店の4分の1、2軒目に行った店の15分の1の値段だ。やっぱり現地の物価は現地に住んでいる信用のできる人に聞くのが一番だ。
「BABAゲストハウス」のフロントのお姉さんは韓国人だけど、本当に親切でいい人だ。ホテルもとても綺麗だし、ホテル代もそんなに高くない。インドに来たんだから汚ったない宿もいいけれど、のんびりリラックスしたいならこの宿は最適だと思う。

 さあ、相場が分かったところで、再び買出しに出発だ。ホテルのお姉さんに教えてもらったチャイ屋の多い通りに出て、とりあえず最初に目に入った店に入ってみる。
 ところがここも最初の言い値が100グラム200ルピー(400円)。お話にならないのですぐに店を出た。「まてまて、安くしてやるから」と言われたけれど、もう振り返る気すらおこらない。ヒンディー語の喋れない外国人が店にきたというだけで、「さあ、いくらボってやろうか」と考えるんだろう。

 そして、本日5軒目のチャイ屋へ。ここではどのお茶がいいかと聞かれたので、お姉さんに書いてもらったチャイ相場のメモ用紙を出し、「100グラム20ルピー(40円)くらいのアッサムをくれ」と先手を打った。
 さすがに今回は「相場を知っている奴が来た」と思われたのか、100グラム25ルピー(50円)のものと100グラム16円ルピー(32円)のものを出してくれた。安く買えることが分かったので、そこからさらに値引き交渉。結局、僕の友達は今まで行ったチャイ屋で出されたものとほとんど同じクオリティのチャイを何種類か買い、1キロ以上を220ルピー(440円)で手に入れることができた。




220ルピーでこれだけ買えました。


 インドの物売りおそるべし。でも、うまくすれば安く買える。まあ、もともとの物価が激安なので、多少ボられてもいいとは思うし、現地の物価を知らないまま安い買い物ができたと思って帰国すれば幸せなんだろうけれど。



今日の夕食はオムライス。30ルピー(60円)。
 
author:tiger, category:インド編, 19:37
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ヤッター!日本WBC2連覇! inヴァラナシ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて19日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 最近の旅はとても便利になったもので、どこの国に行ってもインターネットを使うことができる。インドも例外ではなく、町じゅうにインターネットカフェがあって、一時間15〜20ルピー程度(30〜40円)でネットができる。
 ネットのいいところはたくさんあって、両親や友達とメールで連絡が取れたり、簡単にチャットやスカイプで話ができたり、ビザや治安、地図やホテル、換金レートや観光の見所などの旅情報もインターネットを使えば簡単に最新のものが入手できる。
 もちろん、こうやって旅をしながらブログを更新することもできるし、ブログを更新しながらWBCの一球速報をリアルタイムで見ることができる。本当に便利になったものだ。

 というわけで、

 サムライジャパン優勝おめでとう!!!


 旅を始めて以来、こんなに嬉しかったことはない。

 これまでも旅をしながらWBCの結果はチェックしていた。インドへ旅をする障害はインドの治安よりもWBCが見られないことだった。
 イチローが打てない、杉内が好投、村田が怪我した、ノムさんが城島にボヤいてる、そんな情報は入ってくるものの、映像で見られないので、サムライジャパンの調子や日本の盛り上がりが分からない。う〜ん、気になる……。

 今日は早起きして早くから開いているネットカフェを探し、画面にくぎ付けになりながらヤフーの一球速報を見入っていた。(時差があるのでこちらでは朝8時くらいに試合が開始した)
 1点を争う攻防がつづき、手に汗にぎる。なかなか更新されない時は「何かあったな」と興奮し、3秒おきに更新ボタンをクリックする。
 9回にビッシュが四球連発からタイムリーを打たれた時には思わず天をあおいだけれど、最後はイチローが決めてくれた。今まで全然打てなかったけれど、決勝戦は4安打。さすがイチローだ。

 去年の北京五輪は現地で何試合も応援しながらあの結果。正直いって失望した。それが今回は大リーグ参加の大会で2連覇するんだから不思議なもんだ。もちろん優勝してほしかったけど、本当に優勝してしまうなんて。
 でも、今回の大会は日本と韓国の実力がきわだっていたように思う。韓国に負けるのはすっごく悔しいけど、決勝が日本対韓国というのは誇らしい。アジアの野球はすごいんだ。

 相変わらずバカなアメリカは主催国のくせに出場辞退者続出。野球の実力というより、国の体質が分かった大会でもあった。前回大会も準優勝だったキューバに経済制裁と称して賞金を与えない横暴ぶりをはたらいたが(スポーツの世界に政治を持ち出すな)、この国が優勝することはとうぶんないだろう。

 出場辞退した中日勢と星野仙一はこの優勝に何を思うのだろうか。何はともあれ今日はめでたい。今晩はブラックマーケットで高いビールを買って祝杯だな。
author:tiger, category:インド編, 19:49
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1枚100ルピーのポストカード
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて20日目
現在、インドのヴァラナシにいます。


 朝5時半に目が覚めてホテルの屋上にあがる。昨夜はビールとウィスキーを買い込み、ここで日本人の友達とWBC優勝を祝った。まだいくぶん昨日の酒が残っているようで体が重い。
 ガンガー(ガンジス川)の朝はとても静かだ。そのまま川岸までおりて川沿いに散歩する。まだ6時半だというのに、ガンガーではたくさんの人が沐浴をしていた。


屋上には先客がいた。


先客は彼だけではなかった。






 それをボケーっと見ていると、一昨日一緒に沐浴をした少女が近寄ってきた。僕のことを覚えてくれていたらしい。
 少女はバックからポストカードを取り出すと、僕に見せてきた。
「5ルピー(10円)」
 こんなに朝早くから売り子の仕事をしているようだ。まだ8歳の少女だというのに逞しい。
「ごめん、もうポストカードは持っているからいらないよ」
 そう言うと、少女はポストカードをバッグにしまい、今度は化粧用の色粉を取り出した。
「いらない、いらない」
 先手をうって断ると少し残念そうな顔をし、それから僕の手を自分の膝の上に置いて装飾をしはじめた。ちょっと楽しそうだ。






 装飾は5分ほどで終わった。少女へお礼を言い、ポケットに入っていた2ルピー(4円)を渡して別の場所に行こうとすると、
「ちょっと待って」
少女はそう言ってガードのほうへ走っていった。
 1分ほどして戻ってきた少女の両手にはチャイの入ったコップが握られていた。

「えっ、これ僕にくれるの?」
「うん」

 僕の渡した2ルピーと自分で出した2ルピーで二人分のチャイを買い、僕と一緒に飲みたかったようだ。(こいつ、いいとこあるじゃん)

 少女にとっては僕のあげた2ルピーも嬉しい収入だろう。2ルピーあればチャイが飲め、小さいスナック菓子も買える。彼女にとってはポストカード1枚売ることも結構大変だろうから。

 とても嬉しい気分になったので少女と一緒にガンガー沿いを散歩することにした。嬉しそうに手をつなぎ、時々はにかんでみせる顔がとてもかわいい。一人で沐浴し、ポストカードを売って一日中働いてはいるけれど、これでもまだ8歳なのだ。

 しばらく歩いて火葬場のほうまで行き、ガードに腰掛けてガンガーを見ていると、「朝食を食べよう」と言ってきた。
 あいにく僕はさっき少女にあげた2ルピーが最後の小銭であとは100ルピー札しかない。路上売りに100ルピー札でおつりをもらうのは難しいので、「いや、小銭がないからいいよ」と言うと、「大丈夫」と言ってカバンから財布を取り出し、僕にチャイとパンをご馳走してくれた。
 合わせてたった3ルピー(6円)の朝食だったけど、インドに来て一番嬉しい食事だった。

 チャイを飲んでいると、さらに少女はそこを通りかかった物乞いの老人に1ルピーを渡していた。これだけ苦しい生活をしていても、彼女たちは助け合いながら生活しているのだ。

 僕は彼女から何も買ってあげていない。買ってあげたいとは思っても、そういう物売りはいたるところにいてきりがないし、ポストカードはすでに20枚ほど持っていた。
 これまで出会ったインド人は親切な人は多くても、そこから自分の店に連れていったり、マリファナを買えと言ったり、ボートに乗れと言ったり、だいたいは見返りを求めてくる。しかしこの少女はまったく僕に見返りを求めようとはしなかった。


 別れぎわ、僕は彼女に言った。

「もう一度、ポストカードを見せてくれないかな」

 彼女はちょっと嬉しそうな顔をして、ボロボロのカバンからポストカードを取り出した。そのなかから1枚のポストカードを選ぶと、「これちょうだい」と言って彼女に100ルピー札を手渡した。

 100ルピーといっても日本円で200円。それでも、ここインドではホテルに2泊することができる。彼女にとっては大金だろう。満面の笑みを浮かべて「サンキュー」と言ってくれた。


 夕方、再びガンガー沿いを歩いていると、その少女が駆け寄ってきた。そして今度は朝のお礼にチャイとマサラをご馳走してくれた。
 幸せな気持ちにさせてくれた彼女に、ありがとう。




author:tiger, category:インド編, 14:28
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