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ブッダ生誕の地・ルンビニへ
旅日記第3部 《インド編》
旅を始めて63日目
現在、ネパールのルンビニにいます。


 朝5時半に起きして、いつものように屋上にあがり、ヒマラヤ山脈を見る。今日のヒマラヤ山脈は山の輪郭がはっきりわかるほどよく見えた。
 そして、いつものように近くの食堂に行き、チャイを頼む。笑顔の素敵なおばちゃんは今日も朝から元気そうだ。歩きながらパンを売っている兄ちゃんから20ルピー(40円)の出来たてのパンを2つ買い、チャイを飲みながら食べる。ポカラの朝は気持ちいい。


お世話になった食堂のおじさんとおばちゃん。


 宿に戻り、急いでチェックアウトし、管理人のおじさんにお礼を言って宿を出る。9日間本当にお世話になった。
 T君、K君とともにタクシーでバスターミナルへ。スノウリ行きのバスは午前7時にポカラをたった。
 今日でネパールビザが切れるT君はそのままインドの国境を越え、ヴァラナシにむかう。僕はというと、K君とともにルンビニに寄ってからヴァラナシに向かうことにした。


8日間泊まった部屋。


宿のスタッフはとても親切だった。


 スノウリの手前のバイラワという町でバスを降り、乗り合いジープをつかまえると、定員いっぱいでジープの上の荷物置場に追いやられた。そこにはすでに欧米人が4人とバックパックがいっぱいいて、ここも満員状態。キャリーにしがみつきながら悪路を進んだ。

 激しく揺れながら走るジープは途中でエンジンがかからなくなるアクシデントがあったものの、なんとかルンビニに到着した。僕とバックパックのほうも何とか揺れ落とされずに到着。ルンビニはとても小さな町だった。


ジープの上は満員だった。


 ルンビニという町はブッダの生誕地として知られている。ブッダは2500年ほど前にここルンビニで釈迦族の王子として生まれ、ゴータマ・スィッダールタと名づけられた。その後、世俗を捨てて修行にはいり、ブッダ・ガヤーの菩提樹の下で瞑想して覚りをひらいた。

 ルンビニもブッダ・ガヤーと同じく仏教の聖地で、各国の寺院が集まっている。今回はそのなかで「韓国寺」に泊まらせてもらうことにした。
 なぜ「日本寺」にしなかったかというと、日本寺は他の寺院群から離れていてけっこう遠い。そこまでバックパックを持っていくのが大変だし、宿泊者には修行がかせられるという。それに対し韓国寺は宿泊施設も整っていて、宿泊、食事3食が無料。朝夕のお勤めも自由参加だというので、そちらにした。

 韓国寺には韓国人旅行者をはじめ、日本人や欧米人まで泊まっていて、けっこう人気があるようだ。泊まらせてもらった部屋も4人部屋でとても広くて綺麗だった。


韓国寺。


 到着したのが夕方だったので、少し休んで夕食をいただいた。キムチ、味噌汁、煮物、カレー、野菜スティック、お茶が食べ飲み放題。ここぞとばかりに山盛りによそっていただくと、味もなかなか美味く、無料なのが申し訳ないくらいの夕食だった。

 夕食が終わると夕方のお勤めがはじまる。これも参加は自由。30分ほどお祈りをし、お勤めが終わって夜8時になると停電で真っ暗になった。お寺の夜は早い。明日も早朝5時から朝のお勤めがはじまるので、夜の9時には床に入り眠りについた。


食事はバイキング方式。


部屋には蚊帳がついていた。


 そういえば、インドについてから今日でちょうど2ヶ月。途中経過を報告しておくと、

 ・旅の日数……61日
 ・訪れた都市……12都市
 ・泊まった宿………………12軒
 ・使った宿代………………1万6730円(1日あたり275円)
 ・総経費……………………64000円くらい(ネパールビザの4000円含む)

 だいたい予算は予定どおり。お土産のほうもかなり買い込んだのでバックパックはパンパンだ。体調は万全、腹の調子もすこぶるよい。こんなに何の問題もなく旅が進んでいいのだろうかと思うほどこれまでの旅は順調だ。


 インド・ネパールの滞在は残り10日ちょっとを予定しているけれど、まだまだ油断は禁物。明日は各国の寺院に参拝してお願いをしておこう。
 
 ――最後まで旅が順調に進みますように。

author:tiger, category:ネパール編, 20:21
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