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思いつきでマル・デル・プラタへ
日本を出発してから7日目
ただいま2カ国目
アルゼンチンのマル・デル・プラタにいます


 夜行バスがブエノスアイレスに着いたのは午前10時。

 残念ながらあいにくの雨模様、ターミナルを出るのにも一苦労しそうだった。今日の宿は決めてない。今日の予定も決めてない。それじゃ、雨の降っている間に移動しちゃうか。

 というわけで、かなり短絡的ではあるが、とりあえずそのバスターミナルでチケットを取って移動することにした。山田との待ち合わせはブエノスアイレスに2月1日。それまでけっこう時間がある。最初は1日か2日、ブエノスアイレスに泊まってから移動しようと思っていたのだが、そこは気ままな旅らしく気分次第で行くことにした。


外はあいにくの雨。


向こうに見えるのは牛。広くて気持ちよさそうだ。


何もないすごさ。こんな地平線、日本では見られない。

 目的地はブエノスアイレスの西南に位置する町、マル・デル・プラタ。アルゼンチン最大のビーチリゾートであり、アルゼンチン最大のカジノがあることで有名だ。

 現地に着いたのは午後6時前。
 ――宿を取って飯を食ったら、とりあえず今日はカジノに行ってみよう。
 で、明日はビーチかな……。

 なんて思っていたのだが、マル・デル・プラタは今まさに観光シーズン。市内のホテルはどこも満室(なんでもこの時期のマル・デル・プラタは人口が3倍にふくれあがるという)。予想を遥かに超える大都市で、ホテルの数も山ほどあるというのに、どのホテルも玄関に「COMPLETE」(満室)の張り紙が貼ってある。

 5、6軒まわったあとで、仕方なく観光案内所に行くとにした。が、それでもやはり一人部屋はかなり値段のはるところしか空いてないという。途方に暮れていると、

「ドミトリーでもよろしいですか?」
 と案内所のお姉さん。

「もちろんいいです。で、宿泊料は?」
「30ペソ(1140円)です」
「わかりました。そこでお願いします」

 というわけで、生涯初のドミトリーに宿泊することになった。

 ドミトリーとは一つの部屋にベッドがいくつか並んでいて、そこで共同で宿泊する場所をいう。当然、宿泊料も安い。最初からそういうところに泊まるつもりでいたのだが、やはり疲れていると、どうしても一人部屋のほうに気持ちがいってしまうのだ。

 今回泊まるドミトリーは4人部屋。着いたときはちょうど相部屋の人間が外出しているらしく、誰もいなかった。


これが生涯初のドミトリー。
 
 とりあえず荷物を置いて外にでる。腹ペコだ。宿の近くにビュッフェ形式のチャイニーズレストランを見つけると、迷うことなく入店した。

 席に着くと、向こうのほうで日本語が聞こえてくる。料理をとりに行きがてら話し掛けてみると、やはり日本人。仕事でこの地にきてそのまま居着いてしまった北島さん夫婦と日系2世でブエノスアイレスで仕事をしている米さん家族(夫婦と子供3人)だった。

「よかったら一緒に食べませんか」
 と言われ、有難く同席させていただく。
みなさん気さくな方で、楽しく談笑しながら料理を食べさせていただき、ご馳走になってしまった(正直助かるなあ)。帰りがけには、「何かあったらこちらに連絡してください」と名刺までいただいた。

 別れ際には北島さんから、
「荷物と身体にはくれぐれも気をつけてください。ここは安全そうに見えて、いろいろなことがありますから。僕もいろいろありました。あまり思い出したくないですけど……」
 と忠告を受けた。
 
 お酒もかなり入っていたので、今日のカジノ行きは見送ることにした。忠告にしたがい宿に戻る。共同部屋にはまだ誰もいない。とりあえずシャワーを浴びて日記を書いた。

 1時半。まだ同部屋の人間は帰ってこない。とりあえず今日は寝よう。明日はビーチとカジノが待っているのだから。


チャイニーズレストラン「CHINO」。


北島さん(右手前)夫婦と米さん(左手前)家族。

author:tiger, category:Arzentina, 14:40
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