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アフリカで15年間農業をしてきた男
日本を出発してから286日目
ただいま30カ国目
タンザニアのダカワにいます



 午前11時半、ダルエスサラームの空港内のレストランで待っていると、パジェのサオリさんとともに、その人は現れた。

 タンザニアで15年間農業をされている寺尾さんだ。彼はもともと熊本で農業をされていたのだが、15年前にアフリカで農業をやりたいと決意しタンザニアへ。独自の農法による有機農業をアフリカの人々に伝えることで彼らを貧困から救おうとされている。
 現在はタンザニアの田舎の農村、ダカワという村で現地人を指導し、600ヘクタールの土地を買い取って「パラディソ村」(「パラディソ」は「パラダイス」のスワヒリ語)というアフリカ農業のモデルとなる村を作ろうとされている。

 寺尾さんは現在60歳だが、とてもそうは見えない。肌つやもよく、農業をされているだけあって、筋骨隆々だ。真っ黒に日焼けした顔で現れ、笑顔で対応してくださった。
 今日はサオリさんがこれから日本に一時帰国するのを空港まで見送りにこられたらしい。サオリさんとはパジェ以来5日ぶりの再会だったが、あまりの多忙ぶりに僕が空港で待っていることをすっかり忘れてしまっていたようだ。空港で僕の顔を見ると驚いていた。
 そんなサオリさんだが、空港のレストランではまたもやビールと食事をごちそうになってしまった。代わりといえるものではないが、僕のほうは今回のお礼として、読書好きなサオリさんが好きそうな本を10冊ほどリストアップして渡しておいた。日本からパジェに戻るときには山ほど本を買ってくるらしい。お気にめせばいいのだけれど……。
 
 寺尾さんは自分の住んでいるところに僕を泊めてくれるという。とりあえず5日くらいおじゃまして、そこで農業のことや現地人の暮らしとかを見てみたい。そうそう、この村の周辺にはマサイ族も住んでいるという。観光地にいるマサイ族ではなく、本場のマサイ族を見るというのも今回の大きな楽しみだ。

 寺尾さんの家へはダルエスサラームからバスで3時間かけてモロゴロという町まで行き、そこからさらに40分かけて「ダカワ」という村に行く。
 モロゴロという町でバスが一時停止すると、バスのまわりは物売りでいっぱいになった。バナナやタバコ、日用品をかごに載せて、乗客に売りにくる様子は活気があって新鮮だった。   


このバスは通路を挟んで右に3席、左に2席あるのでとにかく狭い。




こいつら、ほんとに元気ある。

 そこからさらにバスで40分。たどり着いた村は、舗装もされていない道に土壁・藁葺きの民家が点在したまさに田舎の農村だった。ほとんどの家がテレビもなければ電気もないらしい。
 村の様子を車窓から眺めながら寺尾さんに説明してもらい、町外れにある寺尾さんの家についたのは夕方6時だった。



 寺尾さんの家には、現在、大学生の村井さんが同居していて農業のことを勉強をしている。彼は日本のラジオ番組で寺尾さんの存在を知り、連絡先もわからずにこの村に来て寺尾さんを探したのだという。
 ダカワという村の名前しか知らないでいきなりアフリカにやってくるなんてすごい。それをひょうひょうとした感じで軽く話してしまうところもすごい。これで24歳というんだから恐れ入ってしまう。

 現地の暮らしぶりを知るために、寺尾さんと村井さんは一ヶ月1500円で生活しているのだという。それを今晩は僕がきた歓迎会として、特別にビールを鶏肉のおつまみを用意してくれた。
 食事をしながらアフリカの農業についていろいろな話をうかがっていく。これまで寺尾さんがアフリカでやってきたこと、現在のパラディソ村の進行具合、現地人の生活環境、自然の恵みをうけて生きることの大切さ……。
 これらについては、またおいおいこのブログの中で紹介していきたい。これらの内容を一気に書いてしまっては、それこそ本一冊できてしまいそうなので。

 当初の予定にはなく、たまたまなりゆきで来てしまったダカワ村だが、これから面白いことがたくさん待っていそうでワクワクしている。


左が寺尾さん。
author:tiger, category:Tanzania, 02:45
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