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パレスチナ自治区で銃口を向けられる
日本を出発してから206日目
ただいま15カ国目
イスラエルのエルサレムにいます


 今日は日本人6人でイスラエルの目玉、パレスチナ自治区をまわる。しかも今日はベツレヘムとヘブロンを1日がかりでまわるというハードスケジュールだ。

 バスでパレスチナ自治区の境界線まで行くと、そこはベルリンの壁よりも高い壁でグルっと囲まれた完全に隔離されたパレスチナ自治区があった。
 荷物検査を終え中に入ると、そこは至って平和。閉ざされた壁には内側から多くの落書きがペイントされていた。





 とくに治安が悪いわけでもなく、人もいいかんじ。なぜこんな空間が存在するのかと疑わしく思えてしまうほどだった。ここにいる人は何を思って暮らしているのだろうか。
 とりあえず、ここではキリストの生まれた聖誕教会をはじめとする観光地をみんなで回る。
 

聖ヨセフの家




ダビデの井戸






聖誕教会


ミルクグロット


聖マリア教会


ベツヘレムの町並み

 12時頃には予定していた観光地も回り終え、バスに乗って次のパレスチナ自治区、ヘブロンに移動した。

 ヘブロンはそんなに大きな町ではないが、町の中央にスークがあり、そこがなかなか面白い。物価自体もエルサレムより安いので、途中の屋台で買い食いをしながら、おみやげ物を物色(といっても最初から買う気はほとんどないけど)しながら歩く。






しけもくも売ってました。


一本の弦でひく楽器。



 しばらく歩くとスークの入り口で会った現地人が途中で追いかけてきた。彼の名はジャマール。彼はこちらが何も言っていないのに、勝手に案内役をやりはじめた。

「ここはソルジャーの住居だ」
「モスクは今日はしまっている」

 あやしい。親切に教えてくれるのはいいのだけれど、旅を続けていると、こういう時にも防衛作用が発動していく。
 バクシーシ(チップ)をガイド料として取られるのではないか。どこかのおみやげ物屋に連れて行かれて、無理やり何かを買えといわれるのではないか。
 あまり人を疑うことはよくないのだけれど、こういう注意を常にしていないと海外では痛い目に遭うということを、これまでの旅で身にしみて感じているからだ。
 
 いつまでもついてくるので、途中で止まって、「あなたはガイドなのか?」「自分たちは金を持っていないから、チップは払えないよ」と言ってみた。
 すると、少し困惑したあとで、「チップなしでいい。案内してあげよう」と言ってくれた。それでも、なんだかうさんくさい。下心のない案内を本当にしてくれるんだろうか。何か別のことを狙っているんじゃないだろうか。
 ガイドのやり方にいくぶん腑に落ちないところがあり、不安に思っていると、「今日はモスクがしまっているが、オレがいい場所を知っているから教えてあげる」「うちの家は大きいよ、眺めも最高だ」などと言い出した。
 これはさらに怪しい。いいからついてこいと言われ、仕方なくついていってみると、かなりの急勾配の上り坂をどんどん登っていく。



 着いたところが丘の上。そこからモスクを眺めさせ、ユダヤ人住居やソルジャーの説明をしてくれた。つぎにモスクの裏口のほうから入っていき、知り合いらしきソルジャーに話をつけて裏口のほうからユダヤ人移住区の中に入れてくれた。
 普通ではなかなか入れる場所ではないので、彼のおけげで入ることができたのだが、そこには銃口を肩からかけて、いつでも引き金を引けば銃弾がでますよという体勢のソルジャーがいたるところに立っていた。





 おお、コワ。何かの間違いで引き金がひかれちゃったら終わりじゃん。
 ソルジャーの間をとおってユダヤ人住居のほうへ降りていくと、ジャマールはある建物の前で足を止めた。

「ここは僕のうちだ、遠慮しないで入ってくれ」

 ちょっと待ってくれ。そのためにここまで連れてきたわけ?
 ほか、観光的な場所、ぜんぜんまわってないじゃん。
 急勾配の上り坂をのぼってはるばるここまで来たの、自分の家に連れてきたかったからなの?
 
 あやしい。
 これから観光したい場所もあり、時間もないっていうのに!

「いいから遠慮しないで入ってくれ」
「…………」

<どうする? あやしくない? 入る?>

「自分たちはこれからまわるところがあるから、時間がない。5分だけ、5分たったらすぐでるよ」

 それでもいいというので、中に入って階段をのぼると、彼の住居らしい部屋があった。でも、そこには入らせない。上の階のテーブルと椅子しかない部屋に通され、ただ何もなく待たされる。
 どうやら部屋の外で誰かと携帯で連絡をとっているようだ。
 部屋に入ってくると、お茶が出るわけでもない。ただ座っているだけだ。いいかげん何もしないので、そろそろ時間だから帰るというと、隣の部屋に案内された。
 そこはマットレスが並べてあり、みんなを部屋に通したあとで、いきなりこう言い出した。

「ここで泊まってくれ。お金はいらない」

 <はっ、何それ!>
 うわっ、もうだめだ。あやしすぎる。

「いや、いい。もう出る。時間がない」
「ちょっと待ってくれ。あと5分ここにいてくれ」

 寝室の部屋を無理やり閉めようとするので、強引にドアを開けて階段を下りた。これは絶対に誰かを待っている。そいつが来たらさらにやばくなる……。いそいでおいとませねば。

 建物の外に出て、どうしても泊まれないという旨を伝えると、ガッカリした顔で「わかった」といった。で、「わかった」と言ったまま、建物の前から動こうとしない。
 こちらがどうやって帰ればいいのかと聞いても、「あっちだ」「ポリスに聞いてくれ」といって、ほったらかし。家にこないならもうどうでもいいという感じで面倒くさがって動こうとしない。
 ちょっと待ってくれ、銃を肩にさげたソルジャーがうようよいるユダヤ人住居区にほったらかしにされて、どうやって帰ればいいというんだ。
 なかばキレ気味にくってかかり、腕をつかまえて「連れて行けよ」とひっぱった。ああ、やっぱりそうか。間違いなく親切心でやった案内役ではなかったな。

 さっき来た道を引き返す。すると、さっきは通れたはずのユダヤ人住居区の検問を通過できない。ソルジャーが「ここからは入れない、向こうからまわれ」といってきた。
 何度か検問の突破を試みるが、行くさきざきで拒否される。結局大回りして丘の上まであがっていくと、前から拳銃をこちらに向けたソルジャーが3人、こちらを明らかに意識して向かってきた。

 うわっ、やぱい、やばい。
 ソルジャーは僕らの前で立ち止まり、引き金に手を当てて、銃口をこちらに向けながら一人一人をチェックしていく。
 や、やばいって、何かのひょうしに引き金ひいちゃったらオシマイじゃん。

 とりあえずひととおりのチェックが終わり、ソルジャーは通り過ぎていったが、さすがにこれにはビビった。
 そのあと丘の頂上付近まで上り、なんとか検問を突破してパレスチナ自治区に戻ることができた。とりあえず一応の危機は逃れた。あとはなんとかなる。まさかこんなことになるとは思わなかった。気を付けてはいたはずなのに。

 それでも、嫌がるジャマールに無理やり道案内させてよかった。ここで自分たちだけになっていたら、今日中にこの町を出れないどころか、不法侵入としてユダヤ人住居区でしょっぴかれてもおかしくなかった。
 それより、ジャマールの家で監禁されなくてよかった。ヘタすれば仲間を呼ばれ、身ぐるみはがされる可能性だってなかったわけじゃあない。


これが問題の男、ジャマール。

 力の抜けた身体を無理に動かし、なんとかスークまで戻ったときには、次の観光地に足を進める意欲は残っていなかった。
 歩いてバスターミナルまでいき、ヘブロンからベツレヘムに戻り、再び落書きだらけの壁の前に戻った。
 みんなでここで記念撮影をした。かなり危ないパレスチナ自治区めぐりだったけれど、今思えば、ユダヤ人住居区にも入れたし、銃口もむけられたし、いい経験ができたかもしれない。
 ジャマールがいい奴だったかどうかは、本当のところはわからないが、まあ無事だったのでよしとしよう。



 疲れた身体にムチうって宿に戻ったのが夜8時だった。宿の近くで買出しをしてシェアメシを食う。今日のメニューはカツ丼とサラダ。久しぶりの日本食に舌鼓をうちながら、美味しいご飯が無事に食えたことを喜んだ。
 いろいろあった1日。ある意味充実した1日だった。





 

 
author:tiger, category:Israel, 11:23
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