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スペインに残り、上原ひろみのライブを観賞!
日本を出発してから160日目
ただいま12カ国目
スペインのバルセロナにいます


 エジプト入国を延期してしまった。
 日本人の旅友とカイロで29日に会う約束までしていたのに、どうしてももうひと晩、バルセロナにいたくなる理由ができてしまった。

 昨日の夜、フラメンコを見に「ロス・タラントス」というライブハウスに行った。そのとき見つけた隣のライブハウスのパンフレットで、ある日本人女性が写真入りで表紙を飾っていたのだ。
 彼女の名は上原ひろみ。日本でも少し前にCM起用されたりしていたので知っている人もいるかもしれないが、まだ20代半ばのジャズピアニストだ。
 4年くらい前、あるテレビ番組がきっかけで初めて彼女の存在を知った。それ以来、すぐに飽きがちな性格の僕がめずらしくはまってしまい、CDがでるたびに購入して彼女のピアノ演奏を聴くようになった(今回の旅でももちろん彼女の曲はデータに保存して持ってきている)。
 彼女の日本での活動は年末の数ヶ月のみ。それ以外の時期はヨーロッパを中心に海外を転々としながらライブ活動をつづけている。
 日本の公演はあまりの人気で、チケット発売30分でソールドアウト。以前は渋谷などのライブハウスで行っていたのだけれど、それではキャパが足りないので2年前からは大きな会場でも公演をやるようになった。
 一昨年、チケットをやっとのことで入手して品川の公演を聴きにいったのだけれど、その演奏はすさまじかった。あっという間にひきこまれ、さらに惚れなおしてしまった。

 その彼女がここバルセロナの地でパンフレットの表紙を飾っている。あわててなかのスケジュールを見ると、なんとライブは翌日の28日ではないか。これは僕がエジプトに出発する日。うわー、見たい! 生で、異国で、しかもライブハウスで! 



 エジプト行きの航空便はかなり混み合っていて、1ヶ月前に予約したときも7月中の便はソールドアウトしていた。たぶん日程変更は無理だろう。
でも、どうしても見たい。カイロで会う約束をしていた友達もいたのでかなり迷ったのだけれど、夜中ベッドに入ってからもそのことが頭をかけまわってなかなか寝付けなかった。
 ――これで見れなかったらずっと後悔するだろうなあ……。

 仕事を辞めて世界一周に出たときも「後悔したくない」というのが理由だった。よし、ダメもとでイベリア航空のオフィスに行ってみよう。

 早めに起きて近くの案内所で場所を聞き、イベリア航空のオフィスに行ってみる。カウンターに呼ばれると、おそるおそるリュックの中からエジプト行きのチケットを取り出し、日程変更を申し出た。
 明日の便は……
「ノー」
 明後日の便は……
「ノー」
 明々後日の便は……
「イエス」

 うおー、あった! 奇跡的!
 これはもう、変更してしまうしかない。カイロで待たせていた旅友、ごめんなさい!

 すぐに近くのネットカフェに行き、エジプトで待つ友達にあやまりのメールをいれる。そのあと宿に戻って再宿泊を頼んだのだけれど、あいにくの満室。どうせ日程変更は無理だろうと思っていたので、チェックアウトを済ませていたのだ。
 何軒かまわって、26ユーロのユースホステルに宿をとった。日本円で約4000円。高い。でも、とりあえず仕方なし。今日はそれどころではないのだ。できるだけライブ会場に近い場所でライブに備えなければ。

 ライブは「ロス・タラントス」の隣の「ジャンボリー」というライブハウスで21時と23時の2回行われる。演奏内容は同じかもしれなかったのだけれど、勢いにまかせて2回分のチケットを購入してしまった。1回20ユーロ。2回で40ユーロはなかりいたい出費だけれど、こんなところで金をケチっていたら馬鹿だ。
 開演3時間前から会場前で待機する。誰も来ない。というか、会場のシャッターさえ閉まったままだ。本当に今日ライブがあるんだろうか。ここまでしておいて入れなかったらどうしよう……。
 心配する気持ちをおさえながらさらに待つと、20時前になってようやくシャッターが開いた。チケットを買おうと中に入ると、ライブ会場の中からゴッツイ欧米人が何人か外に出てきた。店の人かなと思って道を空けていると、そのなかにひときわ小柄な女性がまじっていた。上原ひろみではないか!

 思わず目があって、「こんにちは」というと、ちょっと驚いたあと、「こんにちは」と返してくれた。
「今日、楽しみにしています!」
 彼女は笑顔でうなずいてくれた。

 き、緊張したー。31歳にもなって何やってんだろ。
 あまりに突然だったのですっかり舞い上がってしまった。

 彼女は普通の日本人女性だった。オーラもなく、外国かぶれしている感じもなく、いたって標準的な女の子だった。
 こんな子があんなピアノ演奏をするなんて……。また違った意味でライブが楽しみになった。

 20時半開場。ライブ会場はステージの前にイスが70席ほど並べてある小ぢんまりとしたものだった。とりあえず前から3列目のピアノが一番見えやすい席に腰をおろす。パンフレットを見ながらライブ開始をまっていると、じょじょに観客も増えていき、21時には立見客もイスの周りを囲んでいた。

 21時5分。上原ひろみを含めたバンドメンバーがステージにあがりライブがスタートした。
 たぶん今日きた観客は上原ひろみのことをほとんど知らないだろう。上原ひろみとは何者だ、日本人にどれくらいの演奏ができるんだ、という耳の肥えたスペイン人の鑑定視線が痛いほど伝わってくる。
 そんななか、彼女は最初の1曲目で会場中の観客を黙らせた。
 ピアノのほかにキーボードを2つ使い、それを同時に弾きながら、身体全体で音楽を表現していく。ピアノの音だけでない、その曲への思い、その曲にある物語、その曲を弾く自分自身、そのすべてを観客に伝えていく。これぞ上原ひろみの真骨頂だ。



 あまりにすさまじい早弾きで観客の度肝を抜いたかと思えば、さまざまなメロディをアドリブで入れ、ギターやドラムと音の掛け合いをして演奏を楽しんでいる。自然、聴いているこちらも音楽を楽しんでしまう。
 なんて生き生きしているんだろう。ライブ前に会場入口で会ったときの彼女は本当に普通の女の子だったのに……。





 あっという間の80分だった。ライブが終わると、会場中からものすごい歓声が彼女にささげられた。アンコールの拍手が起こる。誰も席を立とうとしない。
 彼女は音楽でスペイン人に認められたのだ。認められたという表現は正確ではないかもしれない。彼女は音楽でスペイン人を魅了したのだ。



 2回目のライブにも会場いっぱいに観客が入っていた。今回は少し後ろの方の席でステージを見渡しながら聴いてみたのだけれど、演奏内容も1回目とは全く違っていて、彼女の単独ソロがあったり、昔の曲がはいっていたりと、盛りだくさんだった。



 2回分160分、フルに楽しめたライブだった。2回目のライブが終わると、会場外で彼女のCDを販売していた。4枚目のCD「タイム・コントロール」は僕が旅に出たあとで発売されたCDだった。15ユーロ(2300円)したけれど、もう迷うはずもなかった。
 CDが売られている横では、普通の女の子に戻った上原ひろみがサインを書いていた。

「す、すごくよかったですー」
 また中学生みたいに緊張して、うわずりながらしゃべってしまった。こんなふうになった自分も久しぶりだ。

 最後には一緒に写真も撮ってもらった。エジプト行きを延ばして本当によかった。この旅1番の思い出だ。この思い出とともにこれからの旅をつづけよう。4枚目のCDを聴きながら……。


author:tiger, category:Spain, 04:45
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