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無銭チャリダーの圭さんと6年ぶりの再会!
ヨーロッパ旅 21日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます




日付が変わって8月4日午前0時45分、レッチェのマクドナルド前にママチャリを走らせてきたのは無銭チャリダーの圭さんだった。

2007年9月、ハンガリーのブダペストで日本人宿「アンダンテ」に宿泊している時、ちょうど旅の途中でスタッフをしていた圭さんこと岩崎圭一さんと出会った。(ケセラセラ 2007年9月22日



圭さんが日本を発ったのは2002年。「お金を持たずに人は旅ができるのか」というテーマのもと、人間の生き方と可能性について自分なりの答えを見つけるために無銭で大陸に渡った。


僕がハンガリーで会った時、圭さんの旅はすでに5年が経過しており、日本に一度も帰ることなく旅を続けていた。

僕が世界一周中に出会った旅人のなかで一番印象に残っている人だった。

「まあ、ゆっくりやりますよ」


そんなことを言いながら、明るく旅人に接していた人当たりのいい圭さんは、あれから6年、未だに無銭チャリダーとして旅を続け、現在は南イタリアのレッチェに滞在していたのだ。


 

「いや、すいません。今ちょうどあっちの通りで手品をしてて、遅れちゃいました」


6年前よりちょっと痩せたような気がするものの、6年前とほとんど変わらない圭さんだった。

 

 

「疲れたでしょ。大丈夫ですか? これからもうちょっと手品をしようと思うんですけど、先に家に行きますか?」

「えっ、まだ手品するんですね。それだったらぜひ見たいですよ」

 


レッチェの夜は遅い。今日は土曜日の夜ということもあるけれど、夜中の1時〜2時くらいまでは広場に人が集まり、賑わっているという。

前回ハンガリーで出会った時は日本人宿のスタッフをしていて路上手品を見たことがなかったので、どんな感じで手品をするのか興味をひかれた。

 


手品はだいたい1回10分くらい。最初は一人もいないところから、1人が足を止め、どんどん観客が集まってくる。そして、手品を見ながら一喜一憂し、拍手が起こる。











1時間ほど手品を見た後、一緒に圭さんが泊まっている部屋に歩いていった。

現在、圭さんはレッチェの現地人の家を借りて生活している。貸している人は今別の場所にいるからその家は圭さんが自由に使わせてもらっているそうだ。

というわけで、僕もその家にお世話になることにした。


 

もう少し圭さんについて書いておこう。

2002年、160円を握り締めて地元の群馬県を出発した圭さんは、新宿でホームレスを体験する。お金の価値、生きる価値を見出すために、圭さんは何もないところから旅をスタートさせた。

まず、ヒッチハイクと野宿で日本の47都道府県をまわり、フェリーで韓国へ。その後、中国の青島に渡り、ママチャリを購入。一切宿泊施設には泊まらずに野宿ですごし、そこから東南アジアへ移動した。

必要最低限のお金は独学で学んだ手品を路上で披露し、そこで得たお金でまかなっていた。

そして、インドからネパールに入り、なんとエベレストに登頂する。

海抜0メートルから人力で世界最高峰のエベレストに登頂したのは、圭さんを含めこれまでに3人しかいないという。

その後も圭さんは人力にこだわり、飛行機、バス、列車、自動車などの燃料のかかるものを一切使わずにママチャリのみで移動を続け、ガンジス川を手漕ぎボートで下り、カスピ海も手漕ぎボートで横断する。

そのような過酷な旅を続けながら、ヨーロッパに着いたのが2007年。その年の9月に僕と圭さんはハンガリーのアンダンテで出会ったのだ。


 

あれから6年。圭さんが日本を出てからすでに11年の年月が経過していた。

ところが、この6年の間、圭さんは未だにヨーロッパを旅している。前へ前へ進み続けていた圭さんは、もう前に進むことを忘れてしまったのか。彼のブログを見ながら心配していた僕は、今回のヨーロッパ旅のルートをずらして、南イタリアのレッチェという町まで圭さんを訪ねることにしたのだ。


久しぶりに会った圭さんは、「まあ、ゆっくりやりますよ」。その言葉通りにゆっくりと旅を続けていた。

 

「いつまでに旅を終わらせる。そんなことを気にする必要なんてあるんですかねえ」

 

「次ですか? ロシアに行こうと思ってます。それはもう、2008年からずっと考えていて、毎年行こうと思ってるんですけど、毎年チャンスを逃してるんですよねえ」

相変わらずの圭さんだった。


6年前のハンガリーでの話、それから6年間の旅の話、共通の旅仲間の話……。

そんな話をしながらビールを飲み続け、気がついた時には外はもう明るかった。

10.45ユーロのビールを二人で9本空け、二人とも酔っ払いながらベッドに倒れこんだ。



生ハムとサラダを出してもらった



すごくいい部屋だった


この部屋を使わせてもらった



目が覚めたのはお昼前。圭さんが起きてきたのは3時過ぎだった。

レッチェも他のヨーロッパと同じく、今は一番暑い時期で、昼間は暑すぎて外に出られない。

僕もこれまでの過密日程で疲れていたからちょうどいい休養になった。


 

夕方からは昨日と同じように中央広場で手品をするというので、僕はちょっと遅れて広場まで行き、今日も昨日と同じように圭さんの大道芸を夜中の1時過ぎまで楽しんでいた。



子どもたちは目を輝かせていた


大人たちも真剣に見入っていた


author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 11:54
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