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ヨシさんと再会、そしてカジノへ

ヨーロッパ旅 14日目
ただいま、6カ国目
ハンガリーのブダペストにいます



沈没者の多い日本人宿の朝は遅い。

僕は昨日は夜中2時頃には寝たのだけれど、他の滞在者たちの多くは時過ぎまで酒を飲んで盛り上がっていたらしい。



朝8時に目が覚めてリビングに行くと、まだ誰も起きていなかった。
このへんは6年前と同じだ。

6年前はみんなで「ダハブゲーム」をして朝方まで盛り上がっていた。
それでも、午前中にはほどんどの旅人がほとんど寝ずに観光などに出かけていっていた。



今日の午後は劇場チケットを入手しにいくことにした。

前回ブダペストに滞在したときは、オペラ、オペレッタ、ミュージカル、クラシックと4つの公演を見に行った。また、チェコのプラハではバレエを、オーストリアのウィーンではウィーンフィルを見に行った。

ブダペストの町は劇場が文化として人々の生活の一部になっているのか、劇場のチケットが安い。安いといっても、全てが安いというわけではない。あまりお金を持っていない人でも見られるように、安い席を500円前後提供しているのだ。

日本にいると、そういう機会もなかなかないから、今回のブダペスト滞在も、のんびりしながら毎日劇場に足を運ぼうと思う。


ところが、オペラ座に行くと、今はサマーホリデーで館内見学のチケットしか発売していないという。パリのオペラ座と同じだった。


オペラ座


つづいて、オペラ座のすぐ近くにある劇場に行ってみた。



外に仮設のチケット売り場があったからこれは大丈夫だと思ったら、ここも今月の公演はないという。いよいよ怪しくなってきた。どっか一つくらい見られるところがないのだろうか。


最後に向かったのがマチーダ劇場。

ここもポスターはいろいろ貼ってあるものの、肝心のチケット売り場が開いていない。近くの花屋のおばちゃんに聞いたら、やっぱり今月は公演がないという……。





残念……。

結局楽しみにしていた公演は1回も見ることができなそうだ。
外は35度以上、暑い中を歩いて、無駄足に終わってしまい、疲れて宿に戻った。

これではブダペスト滞在中にやることがなくなってしまう。




というわけで、今日はカジノに行ってみることにした。

アンダンテに滞在している人で、カジノ好きの人、というかカジノで生計をたてている人がいて、その人と何人かの旅人が一緒にブダペストのカジノに行くというので、僕もついていくことにしたのだ。



夜中にカジノに行くので宿でだらだらしていると、6年ぶりの再会があった。

この宿のオーナーのヨシさんである。


当時はアンダンテを始めたばかりで、自らが宿の管理人をしていたけれど、現在は別のアパートメントを経営しながら、アンダンテは別の管理人に任せているらしい。


実に6年ぶりの再会だったけれど、ヨシさんはほどんど変わっていなくて、すぐに分かった。
そして、驚いたことに、ヨシさんは僕のことを覚えてくれていたのだ。


「おお! 本当に久しぶりですねえ」

「あの時ってメガネをかけていなかったでしょ」

「前に来たときって、髪が黄色かったですよね」


こんなにはっきり覚えてくれているなんて感激だった。
そして、しばらく当時のことを二人で話して盛り上がった。

無銭チャリダーのケイさんの話。その時いた旅人の一人が事故で亡くなった話。写真はNGの変わった旅人がいた話。麻原彰晃ばりのヒゲをたくわえていたヒゲさんの話……。
そういえば、あの時のメンバーは他いろいろいた。100カ国以上旅をしているパッカー、旅中にベルギー人と恋に落ちて結婚したパッカー、どこかの国の大使夫人。


日本人宿には個性的な日本人が多く集まっている。それは6年前も今も同じで、今アンダンテに滞在している人もいろんな人がいる。カジノの達人、夫婦パッカー、22歳の学生パッカー、会社の経営者……。そして偶然にもなぜか187センチ、186センチ、183センチとでかい人が多かった。


その中に、一人の旅人ではない滞在者がいる。

Iくんは日本の大学院生で、このたび、ハンドボールの国際コーチライセンスを取得するためにハンガリーに留学にきている。

大学の宿舎はまだ開放されていないけど、少し早く来てアンダンテに滞在しているのだという。
どうりで体格がいいわけだ。


若いのにしっかりしていて礼儀正しい、ただ、今は何もやることがないらしく、昼間からビールばかり飲んでいる。日本でハンドボールの国際コーチライセンスをもっている人はまだいないそうだから、ぜひとも彼には頑張ってもらいたい。




というわけで、夜。
今日のカジノにはヨシさんも一緒に行くことになった。


向かったカジノホテルはくさり橋の近くにある「カジノ・ラスベガス」。




あれっと思って調べたら、6年前にアンダンテに滞在中も旅人仲間と一緒に行ったカジノだった。


カジノへの入場は、パスポートでの身分登録をしてカードを作ることが必要だけど、驚いたことに、僕のデータは6年前のものがちゃんと残っていて、カード発行は必要ないということだった。

実はこのカジノ、僕にとって思い出深いカジノなのだ。


6年前、世界一周をしている時に、ある日本人とブルガリアの宿で出会った。トモさんという僕より3つくらい年上のバックパッカーで、性格の優しいとてもいい旅人だった。


カジノ好きのトモさんと僕はブルガリアのソフィアで一緒にカジノに行き、僕はまあまあ勝ったけど、トモさんは結構負けていた。

ブルガリアで僕らは別れ、連絡先も聞いていなかったのだけれど、その2週間後、トモさんと偶然にも、ブダペストのアンダンテで再会したのだ。


ここでもトモさんと僕は一緒にカジノに行った。それがこの「ラスベガスカジノ」だった。

このカジノはもともと、シルベスタ・スタローンがオーナーをしていたというカジノで、僕はトントンだったけど、トモさんはやっぱり負けていた。


その後、トモさんはアンダンテにスタッフとして滞在していた無銭チャリダーのケイさんと一緒に自転車でヨーロッパを回ることにし、しばらくヨーロッパをまわったあと、自分の旅をつづけていった。


そんなトモさんの情報を知ったのは、それから数年後。ケイさん、トモさんと一緒に自転車旅をしていたMくんからのメールだった。


「トモさんが交通事故で亡くなったそうです」


旅が終わり、日本に戻って仕事を始めたやさきのことだったらしい。

アンダンテにいたときにトモさんと仲の良かったメンバーにMくんが連絡をまわし、みんなのメッセージをトモさんの棺の中に入れてくれた。



アンダンテで再会したとき、今度はちゃんと、旅友ノートにトモさんの連絡先を書いてもらっていた。

メールとともに書かれたメッセージには世界一周中に各国で行ったカジノの戦績が書かれていた。


6カ国でカジノに行って、全敗。総支出額は50万円をこえていた。


「いやあ、勝てないんですけどね、好きなんですよねえ〜」


本当にいい人だった。というわけで、僕にとって思い出深いカジノなのだ。


6年ぶりのカジノはプレイルームに入ってみると、当時のことをはっきりと思い出した。中のつくりは全く変わっていない。

僕が挑戦したのはミニマムの安いブラックジャック。

勝ったり負けたりしながら、休みながらやって、ある程度勝った段階からトントンになった時点でやめてしまった。


ああ、なんて根性なし。
でも、バックパッカーをしているとお金が気になって大きな勝負にいきづらい。そもそも、貧乏パッカーが旅中にカジノに行くこと自体、間違っているんだろうけど……。


となりの席でやっていた同じ宿の達人は、掛け金をいろいろ変えながら、高い時には一回の勝負で3万円近く張っていた。

話を聞くと、でかい勝負をする時は数百万単位でお金が動くというから、蚤の心臓の僕には一生できないことである。


結局、達人は5万くらいの勝ち、一緒に行った残りのメンバーは一人が少し勝って、残りの3人はほぼトントンだった。


まあ、勝負自体をするというより、カジノの雰囲気を楽しみにきたので、思い出深いカジノに6年ぶりに勝負できて、僕なりにけっこう満足できた。


実は、その達人も5年くらい前に、エジプトでトモさんに出会っていたそうだ。その時にアンダンテという宿を紹介されて、今はアンダンテに滞在しているのだという。


トモさんとの結びつきは今でもしっかりと残っていることが嬉しくなった。


カジノは2時間ほどできりあげた。暗くなっていたので、カジノのすぐそばにあるくさり橋の写真を撮ってから宿に帰った。



ブダペストの象徴、くさり橋。夜のほうが綺麗。



橋の門番はライオン。



丘の上の王宮もライトアップされている。



こちらはお城。



ライトアップが上手だなあと思う。ブダペストの町は夜が綺麗。



昼間行ったオペラ座も閉館中でも綺麗にライトアップされてました。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 13:10
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