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帰国後 41カ国目>
 1年かけて40カ国をまわったタイガーの世界一周の旅も1月8日の帰国をもって無事終了。このあとは当初の予定通り中国の北京に飛んで、そこで1年間滞在するつもりです。
 出国までは1ヶ月ちょっと。帰国後も慌しい日々がつづくけれど、世界一周を振り返りながら日本での滞在記を書いていきます。(毎日書くのはやめにしました。辛いので)



《番外編・日本帰国後 

 旅は終わらず。41カ国目ジャパンでパッカー暮らし



 1月8日に日本へ帰国。
 帰ってきたのはいいけれど、あいにく僕には家がない。本当だったら、とりあえず実家に帰って英気を養うこところなのだけれど、北京出発までは一ヶ月ちょっと。実家へは5日間だけいて世界一周の後片付けをすますと、すぐに東京に戻って手続きと準備に追われていた。

 ビザ申請、健康診断、カード類の整理や中国滞在の準備……。そして何より大切なのは、旅で知り合った仲間、日本にいた仲間との再会だ。
 これはけっこう忙しい。千葉に親戚の家はあるものの、東京との往復にかかる電車代もばかにならないし、時間もかかる。仕方ないので東京でもバックパッカーをすることにした。

「41カ国目、ジャパン!」だ。


1年間頑張ってくれたバックパックを日本でも使うことに。


 何軒か泊めてもらえそうなところはあったのだけれど、当たり前のことながら日本のみなさんは「仕事」をしている。住所不定無職で遊んでいる男が泊まるだけでおじゃまするのはさすがに気がひけたので、漫画喫茶を利用することにした。

 今の漫喫はすごい。ドリンク飲み放題、ネットやり放題、もちろん漫画も読めるし、DVDも見れるし、ゲームもできる。部屋は個室になっていて、シートを倒すとベッドになるので、寝るのには困らない。シャワーもついていて無料で使用できる。
 ナイトパックを使えば6時間1300円くらいですむので、かなりお得だ(海外の安宿よりはずっと高いけど)。




 でも、漫画喫茶は実はそれほど利用しなかった。一緒に飲んだ旅仲間は約束もしていないのにそのまま家に泊めてくれたし、中盤以降は新たなネグラを渋谷のド真ん中に確保することができたのだ。

 そのネグラとは雀荘だった。
 日本で仕事をしているときにマスコミ関係の人とよく打っていた雀荘があって、一度荷物を置かせてもらいにいったのだけれど、そこのマスターとママさんがいい人で、

「3階のフロアは夜中は空いてることが多いから、勝手に入ってソファベッドで寝ていいよ」

 と言ってくれ、部屋の鍵まで渡してくれたのだ。
 
 ――えっ、いいの? 僕なんて昔店に来てた普通のお客ですよ。

 お言葉に甘えていいのか迷ったけれど、あまりお金も使えないし、漫喫暮らしも疲れるので、ずうずうしく甘えさせてもらうことにした。
「店にあるものは好きに飲み食いしていいよ」と言ってくれた。どこまで至れり尽くせりなんだと思ったけれど、さすがにそれは申し訳ないのでウーロン茶だけいただいた。
 真夜中に雀荘に帰ってくると冷蔵庫からウーロン茶を出して一服し、ソファベッドを倒してそのまま死んだように熟睡する。朝起きたら1枚だったはずの毛布が2枚になっていたり、朝食といってスパゲティが机の上に置いてあったり……本当にお世話になってしまった。
 これではまるで「坊や哲」(阿佐田哲也「麻雀放浪記」)ではないか。

 日本もまだまだ捨てたもんじゃない。異国で味わった人の優しさを日本でも感じられて嬉しくなった。




 日本に帰ってきたというのに、まだまだ旅は終わらない。日本語をしゃべる奴がやたら多い国に来たかんじだ。
 食い物は美味い。物価は高い。街は物で溢れ、人は慌しく生活している。初めて日本を客観的に見れる気がするこの1ヶ月はひょっとしたら旅中よりも大事な時間なのかもしれない。



author:tiger, category:日本帰国後, 02:10
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《番外編・日本帰国後◆

 世界一周を振り返る



 帰国後もあわただしくて、あまりゆっくり旅を振り返ることができなかったのだけれど、写真の整理や日記の整理、お土産の整理をしていると自然と旅の情景が頭に浮かんできて、ついつい時間が過ぎてしまう。

 ちゃんと振り返ろうと思うと1週間くらいはかかりそうなのだけれど、せっかくなのでちょっと世界一周を振り返ってみた。


 まず、世界一周をしてよかったかというと……

 もちろん、してよかった。
 世界一周をして後悔している人なんてこの世にいるのか、とさえ思う。お金では買えないもの、日本にいては分からないことが山ほどあるのが「世界一周」。たぶん未経験の人も何となくわかってもらえるとは思うのだけれど、たぶんその想像を遥かに越えるものが世界一周にはあった。
 たとえ帰国後の進路に障害をきたすようなことがあっても後悔はしないし、経験者はみな同じ気持ちだと思う。(自分でちゃんと考えたうえで出した決断には後悔するものはないと思うけれど)


 次に、どこの国がよかったかというと……

 これは本当に難しい。旅を始めるにあたって、僕の興味は「楽しい国に行って、楽しむ」というものではなかった。楽しむというよりも、行った国がどんな国なのか「知りたい」ということがメインだった。
 なので、つまらない国でもそれはそれで全然オッケー。つまらないということを知ったということで満足できた。
 でも、そのなかでもあえてよかった国をあげるとすれば、「自分の知らなかった多くのことを教えてくれた国」ということになると思う。なかなか1つには絞れないので、いくつか挙げさせてもらうと、


 まず、キューバ。

 この国は本当に面白い国だった。こんな国って世界に存在したんだと思わされるくらい発見の多い国だった。白人、黒人、混血がみな同じように混じって生活し、子供から老人までみなが生き生きとした目をしている。
 ゲバラ、カストロという英雄をみなが崇め、自分の国に誇りを持っている。外国資本を入れないことで昔ながらの町並みを残し、町のいたるところでは音楽が流れ、草野球をして遊んでいる。人もいい、治安もいい、雰囲気もいい。
 もしこれからキューバに行く人がいれば、ぜひラクダバスに乗ってほしい。青空サルサに挑戦してほしい。子供たちと路上で野球をしてほしい。このあたりにはキューバが詰まっているような気がする。




 次にタンザニア。

 この国は僕が初めて訪れたアフリカだった(モロッコとエジプトは本当の意味でアフリカではないので除く)。
 この国でアフリカに対する、黒人に対するイメージが一新された。アフリカは怖いところ、危ないところ、治安の悪いところ、貧困に苦しんでいるところ、黒人はちょっと近寄りづらい人種、おっかない人種、とっつきにくい人種。
 誰がこのイメージを僕に植え付けてしまったのかは知らないけれど、実際に行ってみるとそれはごく一部分だった。みな人懐っこくて、明るくて、思いのほか町に悲壮感はない。子供はすごく元気、街の人は気さくに声をかけてくれるし、困っていたら親身になってくれる。
 もちろんうまく騙しておいしい思いをしようとする奴もいる。都市部は治安も悪いけど、それよりも面白くて楽しいほうがずっと多い国だった。

 ザンジバルのビーチもよかったし、タンザニアで15年間現地人に有機農法を教えているという寺尾さんの家に居候させてもらって農業ができたのもよかった。
 思い出だらけのタンザニア。お金も時間も抜きにして、今すぐどこに再訪したいかと言われたら、タンザニアと答えるかもしれない。




 この2つの国は僕のまわった40カ国のなかでも特に印象深い国。印象深い国はどうしても「人との出会い」になってしまうのだけれど、他によかった国を挙げると、

 ブラジル、チリ(イースター島)、アルゼンチン、スペイン、モロッコ、エジプト、イスラエル、レバノン、ハンガリー、チェコ、ベトナム、タイあたりだろうか。

 いやいや、ペルー、ボリビア、メキシコ、グアテマラ、スロヴェニア、クロアチア、ケニア、カンボジアあたりも捨てがたい。

 さらにボスニアヘルツェゴヴィナ、ザンビア、ポーランド、マカオ……。これでは全部の国を言ってしまいそうだ。
 ちなみに、一番長く滞在したのがエジプトの39日。次がタンザニアの27日。一番長くいた町はエジプトのダハブで21日だった。


 ちょっと細かく分野分けしてみよう。
 自然でよかったのは、アルゼンチンのイグアスの滝、チリのイースター島、ボリビアのウユニ塩湖、アメリカのブライスキャニオン、モロッコのサハラ砂漠、エジプトの紅海、タンザニアのパジェのビーチ、ケニアのサファリ、ベトナムのメコンアイランド……。


サハラ砂漠


 遺跡でよかったのは、ペルーのマチュピチュ、グアテマラのティカル遺跡、エジプトのピラミッド、カンボジアのアンコールワット……。


アンコールワット


 イベントごとでよかったのは、これは何といってもブラジルのカーニバル。他にはエジプトのダハブでやったダイビング、アメリカの国立公園ドライブ旅、ドイツのビール祭り「オクトーバフェスト」、ザンビアのザンベジ川でやったラフティング、マカオのカジノ……。


リオのカーニバル


 食い物でよかったのは、スペインの生ハム(イベリコブタ)、ペルーのセビッチェ、アルゼンチンのアサード、ベトナムのフォー……。とにかく旅中に食い物で困ったことは無かった。みんな美味かった。(水には苦労したけど……)


スペインの生ハム


 最後に旅で出会った面白い日本人パッカーを紹介しておくと、パンダのぬいぐるみをいつも抱いて旅しているBさん(ペルー)、現在160カ国を訪問している20代の国ハンターT君(ブラジル)、78歳の現役バックパッカーAさん(アルゼンチン)、夫婦でバイクを2人乗りして世界一周している66歳のM夫妻(エジプト)……。
 そのなかでも一番強烈だったのが、6年間無銭で世界をまわっているケイさんだ。彼とはハンガリーの日本人宿でであったのだけれど、旅人、冒険家というよりはごく普通のお兄ちゃん(おじさん?)だった。


無銭チャリダーのケイさん


 なんかいっぱい書き忘れたことがありそうだ。もう少し落ち着いたらしっかり振り返る時間を作ろうと思う。




author:tiger, category:日本帰国後, 03:03
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帰国後<再会>
《番外編・日本帰国後》

 世界中で出会った旅仲間と日本各地で再会!



 これだけ多くの人間と、しかもさまざまな人間と出会えた1年間は編集者時代を含めても経験がなかった。そんな旅人と日本で再会。


 まず一発目は帰国日に成田に迎えにきてくれたP君。旅の最終日のブログにも書いたけど、約束もしていない突然の再会だったので驚いたし本当にうれしかった。

 その2日後にはヨルダンで会ったYさんと東京で再会。彼とはヨルダンで会ったときにはそんなに話をしていなかったのだけれど、別の旅仲間が共通だったこと、同じロッテファンだったことから帰国間近にメールで仲良くなった。
 昼間に会って新宿の高層ビルが立ち並ぶオフィス街の真ん中に行き、コンビニで買ったビールで乾杯。これこそ旅人の再会ではないだろうか。スーツを着てタバコを吸いに出てきているサラリーマンに冷ややかな目で見られているのも、なぜか心地よかったりした。

 翌日からは金券ショップで安く買った青春18切符を使って1日1900円で実家の島根に向けて列車旅。初日は大阪まで移動して、その日に連絡のついたJ君と再会。彼はエジプトで出会った学生パッカーなんだけど、家に泊めてもらって、あろうことか飯代からなにからすべておごってもらった。こっちはひと回り近くも年上なのに……。

 さらに翌日は広島に移動。グアテマラで出会ったMさんの家に2泊させてもらい、昼間から酒を飲んで手料理をご馳走になった。


Mさんの手料理は美味かった。


 島根の実家には5日滞在。親戚の家に行ったり、旅中に世界遺産になったという石見銀山に行ったりしてここでも精力的に動いていた(箱根駅伝とニューイヤー駅伝のビデオを全部見たのであんまり眠れなかった)。
 日がないので友達にも全く連絡していなかったのだけれど、弟から帰っていることを聞いた高校時代の友達が急遽集まってくれ、夜中の3時までスナックで飲みあかした。
 僕以外はみんな翌日仕事があるのに本当に申し訳ない。


世界遺産になった石見銀山。


 慌しく実家をあとにすると、今度は名古屋でダハブ同窓会。エジプトの紅海の町ダハブで一緒にダイビングをやった仲間が集まって居酒屋で盛り上がった後、男4人で朝までカラオケ。今回の旅で一番長く一緒にまわったヒロシ君ともここで再会した。

 お次は神戸に逆戻り。メキシコで会ったNちゃんと再会し、翌日はペルーで会ったKちゃんと再会。Kちゃんが連れてきた旅仲間Eちゃんは僕も会っているはずだと言っていたのに実は数日ずれていて初対面だった。それでも旅好きということもあって盛り上がる。このへんはいいかげんで面白い。
 さらに大阪ではブルガリアで出会ったMさんと再会。家に泊めてもらって、一緒に天神橋筋商店街を散歩した。


天神橋筋商店街。


 つづいて名古屋に移動。イースター島とエジプトで出会った若さんと再会する。つい最近仕事を始めた若さんは久しぶりの仕事に疲れ果てていた。「いや、サラリーマンはキツイですよ」という言葉がやけに耳に残った再会だった。

 東京に帰ると、チェコで会ったN、アメリカで一緒にドライブしたH君、ハンガリーで出会ったSちゃん、同じくハンガリーで出会った「地球の歩き方」の編集者Kさんと再会。さらにボリビアで出会ったスポーツ好きのMさん、ブラジルで会ったN君、チリで会ったI君、ベトナムで会ったAちゃんとも再会を喜びあった。

 なかでも一番印象的だったのはブラジルのサルバドールで一緒にカーニバルに参加したメンバーたちだった。再会の場所はもちろんブラジル料理店。奇しくもその日はブラジルでカーニバルが行われている時期だった。
 一年ぶりに地球の裏側で再会。こんなことってあるのだろうか。
 強盗集団にぶん殴られて病院送りになったT君も、学生で南米を1年まわっていたJ君も、京大とオックスフォードの修士を取得している実は天才のK君もみんな元気そうだった。
 アメリカ以来おとさたのなかった山田のとも久しぶりにここで再会した。あいかわらず軽い感じだったけど、旅中はいろんなことに巻き込まれて面白い旅をしていたみたいだ。
(もう一人のメンバー、我らがマドンナKちゃんは残念ながらシンガポールから電話での参加)


T君はなぜかブラジル人女性にモテる。


 まだまだ会いたい旅仲間はたくさんいたのだけれど、今回はこれが限界。残りの旅仲間には北京に来てもらって、そこで再会することにしよう。


 日本にいた仲間とも1年ぶりの再会をはたした。
 大学時代の麻雀仲間が「帰国祝い麻雀大会」をひらいてくれたり(最初の半荘の東一局でいきなり国士を上がったのには自分でも驚いた)、大学の教授が現役生やOBを集めてくれ帰国祝いをしてくれたり、元職場の先輩や後輩の編集者が飲みに連れて行ってくれたり、昔のバイト仲間がみんな伴侶付きで集まってくれたり……。
 
 仕事で知り合ったクラシック指揮者の齊藤さんには旅中もずっと応援してもらっていて、福井まで泊りがけで行って越前ガニをごちそうしてもらった。こんなに美味いカニは今まで食ったことがなかった。
 感無量……。生きて日本に帰ってこれて本当によかったと思った。


福井の冬は寒かった。


美味すぎてヤバい。



 やっぱり旅も人生もなんだかんだいって「人」なんだなあと思う。嬉しいことも、悲しいことも、楽しいことも、腹のたつことも、全部「人」。
 これだけいろいろな人に出会えて、これだけいろんな人と再会できて、本当にうれしくてたまらない。世界一周をして本当によかったなあと思う。



author:tiger, category:日本帰国後, 04:05
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《番外編・日本帰国後ぁ

 少しだけ変わってた日本、何もかわらない友人たち



 日本に帰って自分は何を思うのだろう?


 これは旅中も楽しみにしていたことだった。一足先に日本に帰国していた旅仲間からは、

「やっぱり日本は最高です。自分は日本人だって思いましたよ」

「なんか物足りないんですよねえ。またすぐ旅に出たい気分です」

「最初帰ってきたときは満員電車に乗ってる人の顔を見ると違和感を感じていましたけど、不思議なもんで、働きだすとそれにすぐに慣れちゃうんですよねえ」

 なんていうメールをもらっていた。


 で、僕はどうだったかというと、「よくわからん」というのが正直なところだった。
 日本に帰りたいなあと思って日本に帰ってきたわけではないし、まだ働いていないし、日本でもパッカーみたいなことをやってるし、これからすぐに海外に行ってしまうし……。
 早く働きたいという願望もあったのだけれど、今は今しかできないことをやっておきたいという気持ちのほうが強い。まだまだ客観的に日本を見れていないので、その答えは次の帰国後ということになると思う。


 それでも日本に帰ってきて、少しくらいは変化があった。

 まず驚いたのが、「パスモ」。こんな便利なものができているなんて! 「スイカ」で地下鉄にも乗れるなんてのも知らなかった。日本はどんどん便利になっていく。そして便利になるのと同じだけ不便もふえてくる……。

 次にプロ野球。上原がストッパー、1番高橋由伸という布陣でペナントレースを戦った巨人はペナントレースを制したらしい。この思い切った起用法を用いた原監督は巨人(読売)という組織のなかでよくやったと思う。今回の外国人引き抜きによる大型補強は毎度のことなので驚きはしなかったけれど……。
 ついでに書いとくと、落合監督の号泣にも驚いた。選手時代はそんな感じを微塵も見せていなかったのに。


 そんなところだろうか。
 次に、1年ぶりに再会した友人たちだが、彼らは何もかわっていなかった。
 生活もそうだし雰囲気も温度もそう。たぶん少しは変わっているのだろうけど、自分のこの1年があまりに変化に富んだものだったので、そう思えたのかもしれない。
 東京に出てきてからの故郷を思う気持ちに似ているけれど、やはり旅人もずっと旅人ではいられない。旅中、「帰る場所」があることがどれだけ心の支えになったことか。
 そういう意味で友人が全く変わっていなかったことは本当に嬉しかった。


 最後にひとつ付け加えておくと、日本に帰ってきて一番落ち着いた場所は前の仕事場だった。
 東京の住居はひきはらっていたし、実家は僕のいない間に引越ししていたこともあるけれど、昔のデスクに座ったときが一番安堵できた。このままデスクの電話をとって仕事を始めても何の違和感もないほどだった。
 やっぱり僕は仕事が好きなんだなと思う。それを確認できたことは大きい。


 今度帰国したときはいったい何を思うのだろうか。
 


やっぱりここが一番落ち着く。



author:tiger, category:日本帰国後, 02:39
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《番外編・日本帰国後ァ

 再び異国へ! 今回の目的は「海外滞在」



 日本に帰ってきて1ヶ月と1週間。これから僕は再び異国に飛ぶ。


 目的地は中国の北京。今回はここに1年間滞在する予定だ。世界一周が終わったというのに、またなんで? と思うかもしれないけれど、これにはちょっとわけがある。

 実は仕事を辞めようと思った際にまず最初にやりたかったことは、この北京滞在だった。正確に言えば、「海外滞在」だった。
 昔から海外に対する憧れはあったのだけれど、大学在学中に行こうと思えば行けたのになんとなくやりすごしてしまっていた。友人知人に海外在住経験を聞くたびに羨ましく思い、いつしかそれがコンプレックスになっていた。

 ――ああ、自分の海外に出ておけばよかったなあ……。

 たぶんこの思いは一生残る。死ぬまで残る。一度しかない人生……。考える。諦める。考える。もがく。考える。考える。諦めきれない。考える。考える。考える……。
 ああ、もう考えているのが馬鹿みたいだ。ええい、行っちゃえ!!!


 というのが北京滞在に至った経緯。それから色々調べてみて、行こうと思った1ヵ月後に世界一周をしようと友人から声がかかった。
 あまり考えたこともなかったけれど、とりあえず色々調べてみる。ふんふん、コレ、何か僕でも行けそうじゃん。しかもかなり面白そう。せっかくだから両方やっちゃうか!

 てな感じで世界一周と北京滞在はたてつづけに決定した。
 場所を北京に選んだ理由は、まず物価が安いこと。すでに5回訪れていたので、なんとかなると思ったこと。たまたま中国関係の知人が多かったこと。飯が美味いこと。1年いても飽きないだけのものが中国にはあると思ったこと、などだ。
 さらにこれは偶然だけれど、北京オリンピックが2008年に行われるのはラッキーだった。激動の中国を体験できる。しかもオリンピックが現地で見ることができる。願ったり叶ったりだ。

 僕の勝手な予想だけれど、旅と滞在は全然違う。旅中は各国のおいしいところ取りだったけれど、今回は現地に住んで現地人と何度も顔を合わせ、ともに生活する。中国の嫌なところもいいところも全部見てやるつもりだ。
 これまで1年間旅してきて得たものとはたぶん全く違った苦しみ、喜び、悲しみを味わえるだろう。うーん、考えただけでドキドキしてきた。



 本日の飛行機で北京に移動。タイガーの旅は「第二部」に移ります。今後も「中国滞在編」を書いていくつもりなので、どうぞご贔屓に。時間があれば世界一周編の補足も書いていきたいと思っています。



author:tiger, category:日本帰国後, 03:10
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