RSS | ATOM | SEARCH
いよいよアフリカ突入、黒人だらけの町へ
日本を出発してから277日目
ただいま30カ国目
タンザニアのダルエスサラームにいます


 ロンドンを出発した飛行機は午前7時にタンザニアのダル・エス・サラームに到着した。とりあえず暑い。すぐにフリースを脱いで半そでになる。

 アフリカ行きについては、最初はどうしようか悩んでいた。というより、行く予定ではなかった。オセアニアを入れて5大陸で考えていたルートを最後になってアフリカに変更したのだ。
 アフリカには旅に出る前、僕のなかにはアフリカは「危ない」というイメージがあった。

 黒人だらけ、貧困に苦しんでいる、治安が悪い、感染病が怖い……。

 そこであえてアフリカ行きを選んだのは、「多分今回いかなかったら、もう二度とアフリカに行くことはないだろう」と思ったからだ。
 まあ、なんとかなるだろう、なるはずだ。そんな考えだけで来てしまったのだから、軽はずみといわれても仕方がないのだけれど、とりあえず今日一日はアフリカに来てよかったと思った。
 
 空港を出るとタクシーの呼び込みが集まってくる。ダルエスサラームはタクシー強盗が多いということを旅仲間から聞いていたので、いやでも警戒心は強くなる。インフォメーションでバス乗り場を聞くと、ここからちょっとはなれているのでタクシーの方がいいという。タクシーは高いからといって断ると、

「じゃ、わかったわ。スタッフバスで市内まで連れて行ってあげる」

 といってタダでバスに乗せてくれた。なかなかいいとこあるじゃないか。タンザニアの第一印象はまずまずだ。
 さすがに空港スタッフ専用のバスなので危ないこともなく、30分ほどで無事にバスはダルエスサラーム市内に到着した。
 バスをおりて宿をさがす。いくつか候補はあったのだけれど、降りた場所からわかりやすい「YWCA HOSTEL」という宿に向かうことにした。

 道を歩いていくと、行きかう人はすべて黒人、日本人はおろか観光客もほとんどいない。やはり黒人慣れしていないので、多少の威圧感はあった。
 今までで一番黒人の多かった町はブラジルのサルバドールだった。そこでは200万円のスキミング被害に遭い、日本人の旅仲間がカーニバル中にぶん殴られて病院送りにされた。トラブルつづきの場所だった。ニューヨークのハーレムもやはり黒人ばかりだったが、治安はあまりよさそうではなかった。
 以来、黒人が多い町は貧富の差がはげしく、治安が悪いという勝手な思い込みをしてしまっている。けれども、ここダルエスサラームは歩いたかんじ、それほど治安が悪いというふうでもなさそうだ。
 宿に行くと、警備員のおっちゃんや受付のおばちゃんがとても気さくに話しかけてくれたし、掃除人のお姉ちゃんもはずかしそうにしながら、人懐っこく笑いかけてくる。


「YWCA」


掃除のおねえちゃん(15歳)。

 あれっ、こんなかんじなんだ。ダルエスサラームはタンザニアのなかでも一番大きな都市で、治安も一番悪いと聞いていた。よほど気をつけないとと思っていたのに、拍子抜けしてしまった。
 確かに安全というわけではないと思う。町のなかには危ない空気をはなっているところもあるし、夜中はかなり物騒になるらしい。他の地域とくらべれば危険なのだろうけれど、南米を旅していたときも感じたように、「思っていたよりは、ぜんぜん大丈夫」なのだ。

 宿に荷物を置くと、散歩がてら町を歩いてみることにした。海岸沿いに行くと、フェリーのチケット売りがやたらと声をかけてくる。ダルエスサラームからザンジバル行きのフェリーチケットだ。
 ザンジバルには明日か明後日あたりに行こうと思っていたのだけれど、話をきくと25ドルで乗れるという。旅仲間の情報では、相場は30ドルから35ドルときいていたので、ちょうどいいと思い、ここでチケットを買ってしまった。
 どうせここにはまた戻ってくるし、早いうちにザンジバルに行ってしまおう。宿にもどると、1泊分の料金8000シリング(800円)を支払い、明日宿を出ることを伝えておいた。

 ロンドンからタンザニアにきたものだから、物価が一気にさがって楽チンでいい。コーラの瓶がだいたい40円、食事が一食、200円〜250円くらいですむ。ビールは安いところだと500ミリの瓶が110円くらいだ。
 宿の警備員に「ビールが飲みたいんだけど、どっか近くに売っているところはない?」と聞いたら、夜は危ないからといって、近くの食堂まで連れて行ってくれた。お礼はいっさい要求してこない。あまりに申し訳ないので宿にもどってコーラをおごってあげたらすっかり仲良くなってしまった。

 タンザニアはスワヒリ語だ。英語も多少ならわかるようだが、道行く人は「ジャンボ!(やあ!)」と声をかけてくれる。なんかいい感じだ。
 宿の警備員もそうだったが、タンザニア人は人懐っこい。陽気に声をかけてくるが、こちらを馬鹿にしたような感じはない。声をかけてきても、お金を求めるようなことはしない。本当に親切に接してくれる。子供たちも元気だ。こちらを興味深そうに見つめていて、こちらが手を振ると、嬉しそうに振り返してくれる。
 今まで抱いていた黒人のイメージ、アフリカのイメージは今日一日だけで一変してしまった。

「アフリカは危険なところ」
「黒人は怖い」
「人は貧困にあえいでいる」

 よく知りもしないのに、実に安直に考えてしまっていた。やっぱりイメージと実際は違う。現地に足を運んでみないとわからないことは多い。
 他のアフリカ諸国がどうかはまだわからないし、タンザニアも1日しかいないので何ともいえないが、少しでもそう思えたのだから、今回の世界一周にアフリカをいれてよかったと思った。今回アフリカに来ていなかったら、僕のアフリカに対するイメージはこの先も全く変わらなかっただろうから。

 宿はダブルの部屋を一人で使うことになった。ベッドには蚊帳がつるしてある。そう、ここの一番の問題は「マラリア」だ。マラリアにはしっかりした予防薬がない。あるにはあるのだけれど、それが必ずしも効くとはかぎらないし、副作用が強いのであまり使用しないほうがいいとされている。
 こちらでは毎年多くの人がマラリアで死んでいるらしい。暑いので半そで短パンになりたいのだが、蚊がこわくて寝るときも長袖&長ズボン&靴下だ。蒸し暑い。それでも今日だけですでに4、5箇所はさされている。

 ……大丈夫だろうか。


今日の昼飯。2400シリング(240円)。


部屋には蚊帳がかかってました。
author:tiger, category:Tanzania, 01:54
-, -, - -
タンザニア領ザンジバル
日本を出発してから278日目
ただいま30カ国目
タンザニアのストーンタウンにいます


 今日は12時のフェリーでダルエスサラームからザンジバルにわたる。ザンジバルといえばビーチが有名で、ここのビーチが世界で一番きれいだという旅人も多いらしい。
「ここではひさしぶりにのんびりするぞ」とはりきって午前中にサンダルを買いにいってきた。サンダルはブラジルで買ったものをこれまで大事にはいてきたのだけれど、ハンガリーの「アンダンテホステル」に忘れてきてしまった。
 あそこの宿にはお世話になったので、置き土産といいたいところだけれど、かなり使い込んでボロボロなので、たぶんもう捨てられているだろう。

 サンダルを買おうと町を歩いていると、陽気な兄ちゃんが「どうしたんだい?」と話しかけてきた。こういう場合、エジプトや中東などでは相手にしてはいけない。ちょっとでも世話になると、すぐにバクシーシ(チップ)を要求してくるからだ。
 売店の人や警備員に、こちらの方からきくというのが安全でいいのだけれど、今回はなぜか「まあ、いいか」と思って、「サンダルがほしいんだけど」と言ってしまった。

 彼は「まかしとけ」と言って近くの商店をまわってくれた。が、ろくなものがない。これからの旅でも使わなければならないので、「もっといいやつがほしい」というと、20分くらい歩いて、町の市場まで連れて行ってくれた。

 この市場がすごかった。黒人だけしかおらず、熱気というか、人間臭さというか、黒人温度というか、とにかくムワーっとしたかんじの場所だった。ちょっと目が血走ったようなやつもいて油断できないのだけれど、おもしろくて仕方がない。
 すごく写真がとりたかったのだけれど、カメラを出せる雰囲気ではなかったので今回はやめておいた。ダルエスサラームにはまた戻ってくる。今度来たときに再チャレンジしてみよう。
 サンダルは市場のはずれにある小さい店で10000シリング(1000円)のものを購入した。ものもよく、履き心地もなかなかいい。この旅はこのサンダルで最後まで大丈夫だろう。

 話はそれるが、日本を出て9ヶ月もたつと、僕の装備もそのほとんどが外国産のものにかわってきた。かなり前にも書いた気がするけど、僕の今現在の装備をみてみよう。

・サンダル→タンザニア
・ジーンズ→モロッコ
・ベルト→キューバ
・靴下→ポーランド
・パンツ→ブルガリア
・Tシャツ→ヨルダン
・財布→モロッコ
・ミサンガ→エジプト、ボリビア、メキシコ
・デイバック→メキシコ
・コンタクト→ブルガリア

 といった感じだ。もちろん今着ていない衣類もほとんどがこの旅中に購入したものだ。電熱コイル、充電器、南京錠などといった小物もそう。だんだん僕自身が国際色豊かになっていくのは面白い。

 案内してくれた兄ちゃんは僕を宿まで送ってくれ、最後に金をくれといいだした。
やっぱりそうくるか、と思いながら「いや、自分は貧乏だから」と断ると、「それなら水だけでいいからおごってくれないか」と言ってきた。水はペットボトルが300シリング(30円)で購入できる。

 ――えっ、すぐにそれ言っちゃうんだ。

 こちらのほうが逆に面食らってしまった。かなり長い道のりを連れて行ってもらったのでそれではあまりにも申し訳ない。1000シリング(100円)ほど渡すと、喜んで帰っていった。
 そういえばタンザニアは土産物売り場にいってもそうだけど、観光客に対してしつこくない。これがエジプトだったら大変なところだった。

 宿に戻って荷物をまとめ、チェックアウトしたあとフェリー乗り場にむかった。ザンジバルはタンザニア領なのだが、もともとタンザニアとは別の国だったらしい。
 ザンジバル島の人たちは今でもザンジバルは違う国だと心の中で思っているらしいが、フェリーから降りるときにパスポートチェックがあり、ハンコまで押されたのには驚いた。

 ザンジバルには2時間ほどで到着した。フェリーが乗りつけた町は島で一番大きな町、ストーンタウン。ここに2泊くらいしてからビーチのきれいなパジェという町に行く予定だ。
 宿は1泊10000シリング(1000円)の「ピール・ゲストハウス」に泊まることにした。宿から歩いて5分のところには海岸がある。浜辺では子供たちがサッカーで盛り上がっていた。近くに出ていた屋台の具沢山スープは1000シリング(100円)だったけど、いいダシを使っていて、かなり美味かった。





 そのあと海岸沿いに歩いていくと、今度はシーフードのバーベキュー屋台が並んでいて、美味そうな匂いを漂わせている。
 ただ、高い。腹いっぱい食おうと思ったら1000円くらいいってしまいそうだ。この島は欧米人観光客がけっこう足を運ぶ場所なので、観光客料金をとっているのだろう。
 屋台のおっちゃんと交渉して、「金がないから2000シリング(200円)で何か食わせてくれ」と言ったら、けっこう豪華な盛り合わせを作ってくれた。

 ――なんだ、やっぱり観光客料金だったのか。
 と思ったけれど、うまくシーフードにありつけてラッキーだった。





 メシを食ったあとはそのまま町を散歩して宿まで戻った。ここはとても治安がよく、夜中一人で歩いていても全く問題ない。本当に居心地のいい島だ。


サッカーをする少年たち。


こちらは遊泳。

author:tiger, category:Tanzania, 01:26
-, -, - -
スパイスツアーに参加!
日本を出発してから279日目
ただいま30カ国目
タンザニアのストーンタウンにいます


 ザンジバル2日目。今日は「スパイスツアー」に参加することにした。昨日町で声をかけられ、ツアー代金が10ドルだったので、それならいいかと申し込んだのだ。

 ツアーは10ドルにしてはなかなか盛りだくさんの内容だった。ストーンタウンから島を北上し、山村の村を歩く。途中、いくつものスパイスの木をまわり、匂いをかいだり舐めたりしてみる。
 スパイスなどはこれまで既製品しかしらなかったけれど、普通の木の皮や葉っぱなどから、どこかで嗅いだことのある匂いが鼻をついてくる。なんか不思議な感じだった。











 スパイスを見ながら村を歩いていると、近所のガキんちょたちが一緒について歩いてくる。
 手にはナイフを持っていて、そこらへんにある道端の植物をとってはナイフで歩きながら加工していき、帽子やブレスレット、花かごやネクタイを作ってプレゼントしてくれる。実に起用にナイフを使う。たぶんまだ10歳になってない子もいたはずだ。
 チップを請求してくることはしないのだが、どこか物欲しそうな目でこっちを見ている。こちらがチップをあげなくても、くれたものを返してくれとは言わない。
 そうなると逆にチップをあげたくなってしまう。僕があげたのはほんの小銭(日本円で2円とか5円)なのだけれど、彼らは本当に嬉しそうな顔で「アサンテ」(ありがとう)と言ってくれた。









 ガキんちょたちのはにかんだ笑顔が好きだ。今まで僕のイメージしていたアフリカの子供たちは、貧困に苦しんでうつろな目をしている救済ポスターにあるような悲しい顔ばかりだった。
 たしかに貧しいかもしれない。着ている服は毎日同じものだとわかるくらい汚れていたり破けていたりするし、みんな裸足だ。でも、よく笑っている。よく走り回っている。よく話しかけてくる。ここの子供たちは元気でいい。

 突然だけど、ここで元気のいいガキんちょランキング(今回の旅で)。

 1位 キューバ
 2位 タンザニア
 3位 モロッコ

 この3つの国はどこもそんなに裕福な暮らしをおくっているわけではない。逆に経済の発展した国ではあまり元気のいい子供をみかけない。日本はどうだろう? たぶんかなり下位にランキングされるはずだ。

 スパイスをひととおり見終わると、現地の人がいろんなフルーツをごちそうしてくれた。これがめちゃめちゃ美味かった。マンゴー、オレンジ、グレープフルーツ、パッションフルーツ、それ以外にも僕の知らないフルーツをいろいろと食べさせてくれた。





 そのあとは昼食タイム(ツアー料金に入っている)。現地料理をごちそうになると、次はワゴンに乗ってマンガプワニというビーチに移動した。
 
 ここのビーチがすごかった。エメラルドグリーンの水面が遠くまでひろがっている。砂浜の白と沿岸の緑と沖の青と空の水色が作り出すこの景色はやばい。
 おまけに同じツアーの参加者以外、このビーチには誰ひとりいない。真っ白な砂浜に腰をおろし、椰子の木の下で寝転がる。時間がゆっくりすぎていく。
 結局海にも入らず、ひとりでボケーっとして時間をすごしてしまった。









 夕方にツアーは終了。昨日行った屋台で具沢山スープをお代わりして宿に帰ろうとすると、その途中で現地人に声をかけられた。

「こんにちは。あなたは日本人ですか?」

 たどたどしい日本語で話しかけてきたのはモーリというタンザニア人で、彼は日本の車をタンザニアに運ぶ仕事をしているらしい。日本にも何度もきたことがあるらしく、日本にも彼女がいるという。
 タンザニアでは、やたら日本の車が走っている。それもほとんどが中古車で、車には「○○工務店」とか「○○ようちえん」とか書かれたままだ。タンザニアは右ハンドルなので、日本車は都合がいいのだろう。
 彼は日本でゴミ同然の車を安価で買い取り、それをコンテナに積んでダルエスサラームまで運ぶ仕事をしているらしい。

「にほん、くるまあるね。それ、ぜんぶごみ。もったいないね。それ、わたし、もらってくるね」
「うめだ、いいね。びーる、のむね。にほんのびーる、うまいね。にほんのおんな、きれいね。いっしょにうめだでのむね。そのあとせっくすするね」

 そんなことまで聞いとらん、というところまで彼はたどたどしい日本語で説明してくれる。彼も日本人と話せて嬉しいようだが、こちらもタンザニアではまったく日本人と会っていなかったので、久しぶりの日本語に親近感を覚えすっかり仲良くなってしまった。
 ビールが好きなら飲みに行こうと誘われ、彼の知っている安い飲み屋を3軒もハシゴしてしまった。ちなみに支払いは全部僕。2人合わせて3軒で11000シリング(1100円)だったからまあ安いのだけれど、うまくたかられてしまったなと思った。


昨日も食った屋台。すっかりお気に入り。


モーリ。

author:tiger, category:Tanzania, 01:37
-, -, - -
「パラダイス・ビーチ・バンガロー」
日本を出発してから280日目
ただいま30カ国目
タンザニアのパジェにいます


 今日はストーンタウンからパジェに移動した。移動は民間のバスを利用したが、こちらではそのバスを「ダラダラ」と呼ぶ。
 途中で道行く人を乗せながら走るオンボロバスなので、なかなかグッドなネーミングだ。


道端で遊ぶ子供たち

 パジェまでは1500シリング(150円)。2時間ほどかかり、運転手に言われた場所で降りたのだけど、建物も何もない道端で降ろされたので、どこに行っていいのかわからない。
 困っていると、ちょうど自転車に乗った少年が現れたので聞いてみた。

「パラダイス・ビーチ・バンガロー」
「パラダイス・ビーチ・バンガロー? さおり?」
「イエス、イエス!」

「パラダイス・ビーチ・バンガロー」とは日本人の女性が経営している現地の宿で、その存在は旅人から聞いて知っていた。「サオリ」というのはたぶんそこのオーナーの三浦さんのことだろう。
 この宿は歩き方にも載っていたのだけれど、値段がちょっとはるので宿泊するか悩んでいた。まだどうするか決めかねていたけれど、とりあえずそこに行っていろいろ聞いてみることにした。

 少年は自転車を降りて、僕を宿まで案内してくれた。歩いて15分。バックパックを持っているのでこの蒸し暑い中を歩くのはけっこう辛い。
 少年は宿の前まで案内してくれた。宿のスタッフを見つけると、「ここだよ」と言って帰ろうとする。チップを要求してくることはしない。貧しいはずなのになんて親切なんだ。嬉しくなったので200シリング(20円)だけ渡しておいた。



 宿につくと、オーナーのサオリさんが笑顔で迎えてくれた。タンザニアに来てはじめて会う日本人に安堵感は増す。宿泊料を聞くと、一番安いバンガローで一泊25ドルだという。話を聞くと、ここパジェの宿泊施設は観光客相手のリゾート宿なので、だいたい30ドルから40ドルはするという。
 自分が貧乏パッカーで、あまり高いところには泊れないことを話すと、ここで働いている現地人のスタッフリーダーと交渉してくれという。25ドルを20ドルにまけてもらい、他を捜すのも面倒くさかったので、とりあえず一泊してみることにした。

 このバンガローは「パラダイス・ビーチ・バンガロー」という名にふさわしく、すぐ目の前がビーチ。それもとびきりのビーチだ。宿の造りもとてもオシャレで、まさにパラダイス。本当だったら何泊でもしたい感じだった。








 せっかくこんなに綺麗な場所にきたのだから、たまには贅沢してみるのもいいかな? さっきまで値下げ交渉していたくせに、そう思ったとたんにビールを注文してしまっていた。
 サオリさんもビールが大好きらしい。ビーチサイドのテーブルで一緒にビールを飲みながら話していたら、すっかり話が盛り上がってしまった。

「もう一本飲む? あなたもビール好きでしょ。今日は私が特別におごりますからつきあって」

 そう言われて、断る理由は何もない。仕事柄、年上の人の話を聞くのは得意だ。得意というより、面白い人と話すのが好きなので話が終わらない。サオリさんがタンザニアに来たときの話、現地人とのトラブルの話、趣味の読書の話……。気がつけば、サオリさんにビール3本、それにお刺身までおごってもらっていた。

 サオリさんはここに来て、すでに15年たつという。最初はアフリカを旅行するつもりでこの地にも足を運んだのだけれど、すっかりここが気に入って滞在し、宿の経営をはじめたのだという。
 宿を造るにあたっては、自分のこだわりが強かったので、いろいろと大変だったらしい。現地人との文化の違いや、そこからくるトラブルもしょっちゅうあるらしいが、持ち前の負けん気の強さと明るさで乗り越えてきたのだろう。女性一人でたいしたもんだ。

 ビーチサイドで話していると、見覚えのある顔がビーチから歩いてきた。よく見ると、イスラエルで同じ宿だったN君とY君ではないか。約2ヶ月ぶりの偶然の再会だ。
 彼らも偶然、ケニアのナイロビで会って、ここまで一緒に来たのだという。ナイロビから一緒に来たメンバーにはもうひとりT君もいて、急に日本人だらけになってしまった。

 夕食はせっかくなので、ちょっと値のはる宿の日本食を注文した。8000シリング(800円)はかなり贅沢だが、もう今日は贅沢すると決めたのでいいだろう。メニューは焼き魚に味噌汁に漬物。ご飯を4杯もおかわりして、大満足の夕飯だった。

 実はもうひとつ、サオリさんには感謝しなければならないことがある。タンザニアにはもう一人、現地に10年以上滞在して、現地人に農業を教えている日本人がいるらしい。
 これは面白い。僕がその人にとても興味があると言ったら、サオリさんはすぐに電話でその人を紹介してくれた。話はとんとん拍子に進む。その人とは1日に空港で待ち合わせ、そこから一緒にその人の村に行くことになった。なんてラッキーなんだ。

 タンザニアの興味はつきない。これからどんなものが僕を待ち受けているのだろうか。
author:tiger, category:Tanzania, 01:54
-, -, - -
世界一のビーチ、パジェ
日本を出発してから281日目
ただいま30カ国目
タンザニアのパジェにいます


 パジェ2日目。今日はここ「パラダイス・ビーチ・バンガロー」で1日すごした。
 昨日再会したY君らは今日出発、サオリさんも今日から仕事でダルエスサラームに行ってしまったので、また日本人一人に逆もどりだ。

 朝は早くに目がさめたので、ビーチに行って日の出を見る。フルーツとティーの朝食(無料)をとったあとはビーチの目の前のシートに横になって読書をしていた。






朝食のフルーツ。

 ここのビーチの面白いところは、ものすごく遠浅なところだ。朝、日の出を見たときは、波のしぶきがビーチ沿いのテーブルにまでかかっていたのに、10時くらいになると視界から海がいなくなる。波がひいて200メートル以上沖合いまで真っ白い砂が顔をのぞかせるのだ。それはまるでボリビアのウユニ塩湖のようだった。
 だから、午前中は海で泳がない。200メートル以上も海を求めて歩いていくのが面倒くさいからだ。それが午後2時くらいになると、再び波が押し寄せてきて、30メートルもいくと足が届かなくなる。これほどまでに潮の満ち引きがある海岸は初めてだ。面白い。





 エメラルドグリーンで埋め尽くされた海面は今まで見たことがないほど美しかった。メキシコのカンクンで見たビーチもよかったし、エジプトのダハブの海も最高だった。ドブロブニクのアドリア海もきれいだったし、キューバの海もいいかんじだった。
 でも、ビーチの美しさでいったら、ここのビーチが一番かもしれない。とにかく綺麗すぎるのだ。しかも観光客があまりいないから寂しくなるようなこともない。海沿いの席に腰を下ろし、この美しいビーチをひとり占めだ。

 午後からはビールを一本頼み、それを飲みながら昼寝をしたり、ポストカードを書いたり、日記をつけたり、ちょっと泳いだりして時間をすごした。すごく贅沢な時間だった。
 というわけで、もう一泊この宿に泊ることにした。ここでのんびりしていると、せかせか宿を移動しようという気にはとうていなれなかった。




魚売りのおっさん。

 夜中、宿にあるバーに行ってビールをのんだ。マスターをしている現地人はレゲエのリズムに乗りながら、気さくに話しかけてくれる(ほとんどスワヒリ語なのであまり意味はわからない)。
 腹がへっているといったら、スタッフ用の食事を皿に入れて運んできてくれた。出てきたのは魚介類を煮込んだスープとライス。もちろんタダだ。今日はちょっと節約して夕食をインスタントラーメンですませていたので、本当に美味かった。


ノリノリのバーの兄ちゃん。

 うーん、今日一日は贅沢な一日だった。もう一泊したいけど、さすがに高いからそろそろ出ないといけないかな。

author:tiger, category:Tanzania, 02:04
-, -, - -
タンザニア人十人十色
日本を出発してから282日目
ただいま30カ国目
タンザニアのストーンタウンにいます

 
 朝起きて日の出を見た後、宿の近くを散歩し、朝食を食って、読書して、ぎりぎりまで考えて、今日このバンガローを出ることにした。さすがに何日も贅沢できるほど金がない。

 町まで歩いていって、いちおう何軒か宿をあたってみたけれど、やっぱり宿代が高かったので今日中にストーンタウンに戻ることにした。
 ダラダラに乗って揺られながらの移動。道が悪いのでデコボコに遭遇するたびに何度もシートから腰が浮く。行きは2時間かかったのに、なぜか帰りは1時間ほどでストーンタウンに着いた。


バスターミナルの近くにある市場。

 ストーンタウンでは前と同じ「ビール・ゲストハウス」に泊まることにした。この町もあまり大きくはないが、中心地の地理もだいたいつかめていたし、この町が安全なこともわかっていたので、海岸沿いを写真をとりながら歩いてみた。
 ビーチではみんなサッカーをして盛り上がっている。服を着たまま堤防から海にダイビングしている連中もいる。みんな元気で楽しい町だ。













 暇だったので、前回、現地人モーリと行った青空バーに一人でビールを飲みにいった。もう黒人が怖いとかいう感覚はない。怖い人は怖いし怖くない人は怖くない。
 英語の話せる現地人とスイスからきていた観光客と仲良くなり、3人で同じテーブルでビールを飲んでいると、現地人女性が2人、テーブルに入ってきた。
 やたらなれなれしい感じで寄ってきて、ビールをせがむ。仕方ないので1本ほどおごったら、今度は勝手に料理を頼みだした。たかり目当てなのだろう。
 これは危ない。金額的にはたいした額ではないだろうけど、あとで面倒なことになるのもいやなので、知らん顔をしてバーからとんずらした。

 最初に話していた英語の話せる現地人はまったくたかってこなかった。そればかりか、そのあと町を案内してくれた。どこに行ってもいろいろな人がいるもんだ。一応海外なので、いつも警戒だけはしておかないといけないなと思った。

author:tiger, category:Tanzania, 02:11
-, -, - -
帰国まで残り2ヶ月
日本を出発してから283日目
ただいま30カ国目
タンザニアのストーンタウンにいます



 今日は1日中のんびりしていた。ネット屋にいって溜まったメールを返信していると、Nからメールが入っていた。
 Nはヨーロッパで会った旅人で、僕に仕事のこととこれからの旅のことを考えさせてくれた人物だ。
 そろそろ旅の余韻も抜けて動きだすらしい。

 僕の旅も残り2ヶ月ちょっととなった。1月前半には日本に帰国しようと思う。旅のことと仕事のことはいまだに僕のなかで揺れていて、これからも考えていかなければいけないのだけれど、とりあえず今はこの刺激的なアフリカを本気で楽しみたいと思っている。

 ――旅ができているということに感謝しながら。

 今日は特に書くことがないのでこのへんで。ちなみにアフリカのネットは遅い。なかなか画面が出てこないので時間がかかって仕方ない。日本語が読めるところもあまりない。というわけでなかなかブログがアップできない。言い訳はこれくらいでいいでしょうか?


今日の昼食。


今日の夕食はまた屋台。これ、お代わりしました。
author:tiger, category:Tanzania, 02:19
-, -, - -
旅と言語
日本を出発してから284日目
ただいま30カ国目
タンザニアのダルエスサラームにいます


 ダルエスサラームに帰ってきた。午前中のフェリーに乗って1時には前回泊まった「YWCA」にチェックインをすませた。

 この町ですることといえば、町を歩くこと。今日も午後はあてもなく町をふらついた。郵便局でハガキを出す。店に行ってこの町で売られている日用品と物価を確認する。大衆食堂で現地料理を食う。宿の警備員と話をする。そんなところだ。

 もっともっとコミュニケーションがとれると町を歩いていて楽しいのだけれど、残念ながら僕は言語能力に乏しい。しゃべれなくても旅じたいは何とかなってしまうし、同じ場所にそれほど長くいるわけではないので、ついついその土地の言語を覚えようとせず、片言の英語ですませようとしてしまうのだ。
 これまで旅をして覚えた言語というと、一つもないのだけれど、それでも挨拶を中心に少しでも日常会話を覚えようとしたのは、スペイン語とアラビア語くらいのものだ。

 スペイン語は南米、中米、カリブのほとんどの国でその国の言語になっている。特に南米は英語がほとんど通じないので旅をしていると嫌でもスペイン語を覚えてしまう。でも。スペイン語は発音がカタカナ読みでいいので楽だった。おまけにスペイン語は言葉の響きがいいので気に入っている。

「オラ!」(やあ!)
「グラシアス」(ありがとう)
「サルー!」(乾杯!)

 うーん、なつかしい。

 次にアラビア語。これはエジプト、モロッコ、中東で使った言語だけれど、アラビア文字はまったく意味不明。それでも数字の1から10くらいは値段を確認しないといけないので覚えた。見た目がわけわからないので拒否反応がでてくるが、アラビア語自体は文字の種類が少ないので簡単らしい。

「シュクラン」(ありがとう)
「アッサラーム」(こんにちは)
「マッサラーマ」(さようなら)

 思い出すだけで暑くなってくる。モスクから流れるアザーンを思い出してしまう。

 タンザニアはスワヒリ語だ。英語の話せる人は少ない。町を歩いていると、道行く人から何度もスワヒリ語で声をかけられるので、覚えておくと便利な言葉もある。

「アサンテ」(ありがとう)
「ジャンボ!」(やあ!)
「ハバリ」(調子はどう)
「ンズリ」(元気です)

 日本人がスワヒリ語で返すと、とても喜んでくれる。言語というのは大事だなあと改めて思う。僕もひとつくらい日本語以外の言語をマスターして、現地人と深い内容まで話し込んでみたいものだ。
 
 明日は朝から市場にいってみよう。ザンジバルに行く前に一度サンダルを買いにいった場所だ。あそこはアフリカが凝縮されたような場所だ。また新しい発見ができるかもしれない。

author:tiger, category:Tanzania, 02:23
-, -, - -
カリアコー・マーケットを探険
日本を出発してから285日目
ただいま30カ国目
タンザニアのダルエスサラームにいます


 今日は午前中から市場に足を運んだ。宿からはちょっと距離があり、前に現地人といったときにはちょっと危ない臭いも感じた場所なので、かなり身構えながらの市場探検だ。

 財布はもたず、ジーンズの右ポケットに小銭を10000シリング(1000円)ほど裸で入れ、お尻のポケットには右に10000シリング札一枚、左にこの町の地図を一枚ほど入れておいた。デジカメを持っていくかは悩んだのだけれど、ジーンズの左ポケットの奥のほうに一応忍ばせていくことにした。

 市場までは迷わずにたどりつくことができた。ここの市場は大きな建物のなかと外に野菜や日用品の出店がいくつも並んでいて、その建物の周囲の道路にも家具や衣類などの店がとり囲むように連なっている。

 まず、建物の中にはいってみる。まさに地元の人間が生活用の食材を求めにくるような場所で、地面には野菜のきれっぱしや食いカスなどが散乱している。食材にはハエがたかっているが、それを気にする人間はもちろん誰もいない。
 リアカーを引っ張った兄ちゃんや頭の上に大量の食材を載せて運んでいるおばさんらがひっきりなしに通るので、注意していないとぶつかってしまいそうになる。彼らの邪魔になりながら市場の中心部に足を進めると、その雑踏はより激しさをましてきた。

 これはちょっと写真は無理かな。誰かに見つかってしまうと、そのあとずっと目をつけられ、どこかでやられてしまいそうだ。
 みな忙しそうにあわただしく動いている。こちらの存在にきづくと、東洋人など誰もいないものだから注目してくるが、忙しくてそれどころではないといった様子だ。
 野菜の種類は結構あった。が、野菜自体はあまり見栄えのよいものではなかった。土がやせているのが原因なのか、それとも農法に問題があるのだろうか。

 ひととおり建物の中を見終わって満足したら、今度は写真を撮りたい衝動に襲われてしまった。そのへんを歩いていると、階段のすみにポリスらしき男が座っている。周囲も少しあいている。チャーンス! 
 この機を逃したらもう撮れない。急ぎでカメラを取り出し、その周辺で何枚かパチパチやったあと、急いで建物内からおさらばした。









 建物を出たあとは、その周囲の道路に並んでいる店を探索した。前回はこのあたりでサンダルを購入したのだけれど、今回のお目当てはマラリア対策用の薄手の長袖シャツだ。
 こちらはさっきまでと違い、いくぶん小ぎれいな店が多い。品物もまあまあ見れる感じのものが並んでいた。服屋はたくさんあったのだけれど、どれもサイズがでかい。現地人はそんなに大きいというわけではないのだが、ものがヨーロッパから仕入れたものだからだろうか。

 時間もあったし、いろいろ見てまわりたかったので、1時間くらいそのあたりの店をプラプラしてみる。
 声をかけられることはしょっちゅうあった。でも、「うちの店で買っていけ」という押し売りのような店は一軒もない。散々探してもらっておいて、何も買わずに店を出ても「アサンテ」(ありがとう)「カリブ」(どういたしまして)で終わり。こちらの人はあまり商売っ気がないのだろうか。こっちとしては助かるのだけれど。
 結局、グレーの長袖シャツを5000シリング(500円)で購入した。中古だったけれど、イギリス製でものはよさそうだった。
 
 やっぱり市場は面白い。写真もなんとか撮れたし、お目当ての長袖シャツも購入できた。これで現地人とコミュニケーションができれば言うことなしなんだけれど、それは明日からがんばろう。
 なんてったって明日からは、パジェのサオリさんに紹介してもらったタンザニアで10年以上農業をやっている人のところにおじゃまする予定なのだ。


今日の昼飯。


今日の夕飯はチキンカレー。チキン丸々1本ついてきました。
author:tiger, category:Tanzania, 02:31
-, -, - -
アフリカで15年間農業をしてきた男
日本を出発してから286日目
ただいま30カ国目
タンザニアのダカワにいます



 午前11時半、ダルエスサラームの空港内のレストランで待っていると、パジェのサオリさんとともに、その人は現れた。

 タンザニアで15年間農業をされている寺尾さんだ。彼はもともと熊本で農業をされていたのだが、15年前にアフリカで農業をやりたいと決意しタンザニアへ。独自の農法による有機農業をアフリカの人々に伝えることで彼らを貧困から救おうとされている。
 現在はタンザニアの田舎の農村、ダカワという村で現地人を指導し、600ヘクタールの土地を買い取って「パラディソ村」(「パラディソ」は「パラダイス」のスワヒリ語)というアフリカ農業のモデルとなる村を作ろうとされている。

 寺尾さんは現在60歳だが、とてもそうは見えない。肌つやもよく、農業をされているだけあって、筋骨隆々だ。真っ黒に日焼けした顔で現れ、笑顔で対応してくださった。
 今日はサオリさんがこれから日本に一時帰国するのを空港まで見送りにこられたらしい。サオリさんとはパジェ以来5日ぶりの再会だったが、あまりの多忙ぶりに僕が空港で待っていることをすっかり忘れてしまっていたようだ。空港で僕の顔を見ると驚いていた。
 そんなサオリさんだが、空港のレストランではまたもやビールと食事をごちそうになってしまった。代わりといえるものではないが、僕のほうは今回のお礼として、読書好きなサオリさんが好きそうな本を10冊ほどリストアップして渡しておいた。日本からパジェに戻るときには山ほど本を買ってくるらしい。お気にめせばいいのだけれど……。
 
 寺尾さんは自分の住んでいるところに僕を泊めてくれるという。とりあえず5日くらいおじゃまして、そこで農業のことや現地人の暮らしとかを見てみたい。そうそう、この村の周辺にはマサイ族も住んでいるという。観光地にいるマサイ族ではなく、本場のマサイ族を見るというのも今回の大きな楽しみだ。

 寺尾さんの家へはダルエスサラームからバスで3時間かけてモロゴロという町まで行き、そこからさらに40分かけて「ダカワ」という村に行く。
 モロゴロという町でバスが一時停止すると、バスのまわりは物売りでいっぱいになった。バナナやタバコ、日用品をかごに載せて、乗客に売りにくる様子は活気があって新鮮だった。   


このバスは通路を挟んで右に3席、左に2席あるのでとにかく狭い。




こいつら、ほんとに元気ある。

 そこからさらにバスで40分。たどり着いた村は、舗装もされていない道に土壁・藁葺きの民家が点在したまさに田舎の農村だった。ほとんどの家がテレビもなければ電気もないらしい。
 村の様子を車窓から眺めながら寺尾さんに説明してもらい、町外れにある寺尾さんの家についたのは夕方6時だった。



 寺尾さんの家には、現在、大学生の村井さんが同居していて農業のことを勉強をしている。彼は日本のラジオ番組で寺尾さんの存在を知り、連絡先もわからずにこの村に来て寺尾さんを探したのだという。
 ダカワという村の名前しか知らないでいきなりアフリカにやってくるなんてすごい。それをひょうひょうとした感じで軽く話してしまうところもすごい。これで24歳というんだから恐れ入ってしまう。

 現地の暮らしぶりを知るために、寺尾さんと村井さんは一ヶ月1500円で生活しているのだという。それを今晩は僕がきた歓迎会として、特別にビールを鶏肉のおつまみを用意してくれた。
 食事をしながらアフリカの農業についていろいろな話をうかがっていく。これまで寺尾さんがアフリカでやってきたこと、現在のパラディソ村の進行具合、現地人の生活環境、自然の恵みをうけて生きることの大切さ……。
 これらについては、またおいおいこのブログの中で紹介していきたい。これらの内容を一気に書いてしまっては、それこそ本一冊できてしまいそうなので。

 当初の予定にはなく、たまたまなりゆきで来てしまったダカワ村だが、これから面白いことがたくさん待っていそうでワクワクしている。


左が寺尾さん。
author:tiger, category:Tanzania, 02:45
-, -, - -