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日本帰還。この旅でわかったこと。

ヨーロッパ旅 31日目
ただいま、日本の東京に戻ってきました



昨日の11時半にマドリッドを出発した飛行機は今日の午前5時に経由地である北京空港に到着した。
日本からヨーロッパに向かう飛行機でもそうだったけど、日本に帰国した10日後にはまた北京に戻ってくる。そう考えると、経由地が北京というのはやっぱり微妙な感じだ。

飛行機を乗り換えるために連絡通路を歩くと、モワっとした熱気を感じて北京がそうとう暑いことが分かる。また、空気が汚れているために視界がぼんやりしている。
日本、ヨーロッパはともに青空が広がり、空気が綺麗だったから、普段は当たり前のこの光景もいっそう痛々しく思えてくる。

日本への便は4時間後の9時半発だから外にも出ず空港で待つことになった。
大声で話す中国人、質問してもいい加減に答える空港スタッフ、北京空港についたとたんに中国らしさ満開だ。
とはいうものの、中国で仕事をしている僕にとって、北京はホーム。日本では中国に対する批判的な報道が続いているけれど、やっぱりアウェイの欧州と比べれば何倍も落ち着ける。
不思議なことに、すでに日本より落ち着ける場所になっているのではと思えてしまう自分がいる。

空いている売店に行ってタバコとカップラーメンを買う。
日本なら1カートン4000円以上するタバコが、中国タバコなら37元、600円ほどで買える。約7分の1だ。
中国の空港では熱湯マシンが設置されているので買ったカップラーメンをさっそくいただいた。
こちらは日本のカップラーメンと比べるとかなり不味いのだけれど、ヨーロッパの味に慣れてしまっていたから、すごく美味しく感じた。やっぱり僕はアジア人ということなのだろうか。


日本行きの飛行機は空港への到着が遅れたため、搭乗時間が30分遅れたものの、無事に機内に誘導。
さあ、あとは日本に帰るだけと思っていたら、「故障が発生したので一旦飛行機を降りてください」という放送が入る。



乗客は中国人ばかりだった。


これはもう、Sの負の連鎖としか思えない。
クロアチアで30時間飛行機が飛ばず空港待機。バルセロナ観光ができなくなり、マドリッドでは財布を失くす。
Sの落胆ぶり、不安がはっきりと表情からうかがえた。
自分の乗る飛行機が遅れることより、思わずSに同情してしまった。

これはいつまで待たされるのだろうと思っていたら、1時間半後の11時には無事に北京空港を飛び立った。

午後4時。飛行機は定刻の1時間半遅れで成田空港に到着した。

これから東京の友人宅に5日間ほど居候し、夜行バスで故郷に戻り、3日後には北京へ戻らなければならない。

もう少し旅人のような生活が続くけど、何はともあれ、無事にヨーロッパから戻ってこれて良かった。





今回のヨーロッパ番外編は今日で完結。
でも、もう少し書いておきたいことがあるから、今日も昨日に引き続き、この旅を振り返ってみたいと思う。


まず、今回の旅で分かったことが2つ。

ひとつ目は、6年前と比べて、旅のスタイルが大きく変わっていたということ。

その要因は何かといえば、旅をする上でインターネットはなくてはならないものになってきたことだ。
これはヨーロッパを旅していたから特に感じたことかもしれないけれど、インターネットの普及により、旅先の情報入手が容易になった。言い方を変えれば、安い宿を見つけるにも、移動に必要なチケットを入手するにも、インターネットが必要となるのだ。

これは旅人にとっては便利で有難いことだと思う。ホテル、列車、飛行機、バス、入場券に至るまでネット予約が可能となり、旅の情報もその場で簡単に入手できるようになった。

6年前の旅でネット予約をした記憶は1年間旅をして1回くらいしかなかった。
どうしていたかというと、全て現地のユースホステルや現地のチケット売り場に足を運んでその場で交渉したりチケットを入手していた。
情報はホテルの人や現地人に聞いたり、日本人宿に行って旅人と情報交換したり、情報ノートをメモしながら入手していた。
口コミで情報が伝わるから、ヨーロッパでも行ったほとんどの宿に日本人バックパッカーがいたし、口コミ情報を得るための交流はなくてはならないものだった。

便利になって良かったではないかと思う人も多いだろう。でも、それによって、人と人とのコミュニケーションが減り、極端な話をすれば、全く話をしなくても旅ができるようになってしまった。
以前の旅のスタイルを知っている身からすれば、旅がずいぶんと味気ないものになってしまったような気がした。

そういえば、前回は10人中2、3人しか持ち歩いていなかったパソコンや携帯電話を現在はほぼ全ての旅人が持ち歩いている。


このことは、もう一つの変化をもたらしている。
それは旅人の質が6年前とは変わってきていることだ。

日本人宿に行っても、暇な時間はノートパソコンと向かい合って時間を潰す。情報を入手する場合も人に聞くよりネットが早くて正確だから旅人と交流する機会が減る。道に迷ってもGPSで現在の場所を知ることができるから現地人と交流しない。
全てがネットで情報収集できることで、多くの人が旅をしやすくなった反面、交流が減り、楽ちんで緊張感のない旅になっているのではないだろうか。

こんなことを書くと、「沢木の時代と比べれば、あなたの6年前の旅だって恵まれた環境だし、本当の旅っていえないよ」と言われるかもしれない。

確かにそうだと思う。

バックパッカー経験のない僕が1年間で42カ国を回れたのは昔と比べて旅をしやすい環境が整っていたからだと思う。けれど、それでも現地人や旅人から情報を聞き、本当に必要な情報だけネットカフェに行って短時間で情報収集していた。

海外にいても日本の情報が毎日苦もなく入手でき、宿ではwifiを使いながら日本のテレビ番組を見られる。これって旅って言えるのだろうか。

これは主観的な見方かもしれないけれど、6年前に出会った旅人たちの多くは旅に対する思いが強かったように感じる。
各々が自分の旅に対するそれぞれの決意を持ち、何か大事なものを捨てて世界に飛び出していた。
だから話していても楽しいし、別々のルートで全く違った旅をしている人と会ってもどこか運命共同体みたいな感じがあって、仲間意識や一体感も生まれやすかった。

これはヨーロッパだからそうであって、アフリカや南米ならそうではないかもしれない。でも、6年前のような旅はしにくくなっていることが分かって、ちょっと寂しい気持ちになった。


2つ目は、ヨーロッパの生活スタイルやヨーロッパ人の考え方が日本のそれとはかなり違っていることに気づかされた。

これはレッチェ滞在中のブログでもすでに書いていることだけれど、ヨーロッパの先進国の人たちは長年の歴史と文化の中で人生の幸せの得方をよく心得ている。

お金があれば幸せ、便利になれば幸せという考え方はしない。
経済的にある程度余裕があるからこそ、自分の幸せのために自分の時間を有意義に使う。

スーパーは日曜日は休み。暑い時間帯は昼間でも店を閉める。人気レストランは味を守るために店舗を増やそうとはしない。時間があれば散歩し、公園や海岸沿いにはいつもバーベキューをしたり、お酒を飲んだりする家族連れや仲良しグループで賑わっている。

日本のように連休に気合を入れて遠出し、祭りやイベントでここぞとばかり日頃の鬱憤を晴らそうとしなくても、日常の中に楽しみと幸せを得ることができているのだ。

人間は幸せになるために経済を発展させ、便利な世の中を作ろうとしている。でも、今の日本人はそれで幸せになっているのだろうか? 
今の日本は経済が発展することで人々の生活が窮屈になり、生活を便利にするはずが、逆に不便を増やしている。今の日本人は自分が幸せになる術を知らないような気がする。
経済的に豊かになることこそが幸せと感じている日本人は、生活に余裕を持ちながら日常に幸せを感じて生きていく方法をもっと探してもよいのではないだろうか。



 

次に、今回の旅が僕にとってどのようなものであったかについて書いてみたい。

実は今回の旅を始める前、僕は今回の旅が楽しいものになるかいささか不安だった。
それは初日のブログにも書いたように、6年前の世界一周の時と比べれば、新鮮味、緊張感、発見などの面で必ず前回を下回ると思ったからだ。
これは旅をもっと楽しみたいと思っている多くの世界一周パッカーが感じているジレンマだと思う。

その中で、旅に慣れたからこそ、二度目のヨーロッパだからこそ楽しめる部分もあるのではないか。そう思って旅をスタートさせた。

実際はどうだったかというと、確かに旅慣れていたからこそ、不安なく旅を続けられたし、スムーズに観光地を回ることができた。
二度目の訪問地では観光地に時間をとられず、町を時間をかけて回ることができた。
でも、6年前と比べると、やっぱり物足りなさはいなめなかった。

結論から言うと、今回僕がヨーロッパでしてきた1ヶ月の周遊は「旅」ではなく「旅行」だった。

分かりやすく言えば、短期旅行を繋ぎ合わせたようなもので、それを節約しながら続けていた感じがある。

1ヶ月間で多くの国を回り、いろいろな名所を訪れ、楽しむところは楽しんで、宿代や移動などの費用はできるかぎり節約した。

それは何も悪いことではないと思う。一つの旅のやり方といえるかもしれない。でも、僕の中では「旅」ではなく、「旅行」だった気がする。

これから、僕が「旅」を続けていくのかは自分でも分からない。
でも、旅は好きだし、旅には僕の知らないもっと面白いことが隠れているような気もする。
そのヒントとなりそうなことが旅中にあった。

イタリアのレッチェで無銭チャリダーの圭さんと再会した時、別れ際にこんな約束をした。

「圭さん、次は中米あたりで再会しましょう。何年後になるか分からないけど、また6年後くらいかな。また圭さんを訪ねて会いに行きますよ」

圭さんは本気にしたかどうか分からないけれど、僕はけっこう本気だった。
今度は中米の現地ビールを飲みながら、また圭さんと朝まで旅の話をしたいと思った。

そこにははっきりとした「目的」と「意思」がある。

圭さんが旅に目的を持っているように、僕も6年前の世界一周の時には目的と意思があった。

「自分には世界一周ができるのか」
「自分の全く知らない世界をこの目で見てみたい」

旅のスタイルが変化してきている、自分が旅に慣れてしまった、そんなことは実は言い訳で、旅することに価値観を見出せていなかったから、不完全燃焼な旅だったのかもしれない。

今回の旅でこれまでの訪問国は49カ国になり、行きたい国もだんだん減ってきた。
次の「旅」をする時は、何ヶ月も前からドキドキし、飛びあがるくらいの喜びを感じられる旅にしたい。そんな目的と意思のある旅をいつ見つけられるかは自分でも分からないけれど、案外それは6年後の中米かもしれない。

 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 22:09
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旅の終わり。日本へ帰る前にちょっと総括

ヨーロッパ旅 30日目
ただいま、10カ国目
スペインのマドリッドにいます




午前6時起床。午前8時半チェックアウト。
無愛想な管理人のオヤジにむかついたものの、なんだかんだでシングルルームは快適だった。






Sとともに地下鉄を乗り継いでバルセロナ空港に向かう。
1ヶ月に亘って10カ国を周遊してきた今回の旅も残すは日本に帰国するのみとなった。

バルセロナ空港までの切符代は通常は1.9ユーロなのだけれど、空港使用料が3ユーロ加算されて4.9ユーロだった。

切符を買うのに戸惑ったものの、まずまず順調に地下鉄を乗り継ぎ、空港に到着したのは9時半。
定刻通り11時半の中国国際航空でマドリッドをあとにした。


これから中国の北京経由で日本に帰国する。
マドリッドから北京までは11時間半、北京の乗り継ぎに4時間半かかり、北京から成田まで3時間半かかる。
つまり、マドリッドから成田空港まで到着するのに計19時間半もかかり、時差の関係もあって、13日の11時半にマドリッドを出発して、成田空港に到着するのは14日の午後2時ということになる。


機内では機内食を食べる以外にやることがない。席に備え付けのゲームをちょっとして、映画を見ても、(映画はもちろん日本語ではないので、久しぶりに「ミスタービーン」を見た)まだかなり時間がある。

今回の旅はかなり急ぎ足で旅を振り返る余裕もなかったから、北京に着くまでの時間で今回の旅をちょっと振り返ってみることにした。




夏休みを利用して6年ぶりに再訪したヨーロッパ。今回の旅はちょうど1ヶ月間(日本との移動を含めて31日)で10カ国を周遊した。


<旅の行程>

ドイツ(フランクフルト) 2日

★フランス(パリ) 3日

★ベルギー(ブリュッセル) 2日

★オランダ(アムステルダム) 3日

チェコ(プラハ) 2日

ハンガリー(ブダペスト) 4日

★セルビア(ベオグラード) 1日

★モンテネグロ(コトル) 2日

★イタリア(レッチェ) 6日

スペイン(バルセロナ) 2日

スペイン(マドリッド) 2日


※★は初めての訪問国



今回訪問した10カ国のうち、初めての訪問国が6カ国あった。これでこれまでの通算の訪問国は49カ国になった。
宿はユースホステルに18泊(マドリッドの1泊以外はドミトリー)、友人宅に6泊、夜行バスで3泊、空港で1泊、飛行機移動で2泊した。
費用は日本からの往復航空券が10万円。現地で使った全ての費用の合計が16万7千円だった。
移動はほとんどユーロラインバスを利用。列車移動は3回。モンテネグロからイタリアはフェリーで移動し、イタリアからスペインは飛行機移動した。


次に、今回の旅で印象に残った都市と観光名所、それから印象的な出来事と美味かった食べ物を振り返ってみよう。



【印象的な都市】

一番印象深い都市はイタリアのレッチェ。のんびりした雰囲気と夜中の2時まで賑やかな中央広場の情景が印象的だった。とてもオシャレな町。

次に印象に残った都市はオランダのアムステルダム。セックスと自転車と運河とマリファナの町。それだけ聞いただけで魅力的。川が町を何重にも囲んでいてとても雰囲気が良かった。とても魅惑的な町。

そして、フランスのパリ。町の中に見所がたくさんあって、そのどれもが見ごたえがあって歴史と貫禄を感じさせた。エッフェル塔、凱旋門、ノートルダム寺院、オペラ座、ルーブル美術館…。

それから、ベルギーのブリュッセルもこぢんまりした町だけど、甘い物が好きな人にはたまらない町だと思う。広場の雰囲気もいいし、とてもかわいい町。

どうしても初めての訪問都市のほうが印象深くなってしまうけど、チェコのプラハ、スペインのバルセロナは何度行っても飽きない雰囲気のよい都市だった。



レッチェは夜中2時くらいまで広場で多くの人が大道芸を楽しんでいた。



アムステルダムは運河に幾重にも囲まれた町。癒しと欲望の町だった。



パリは名所の宝庫。エッフェル塔は夜のほうが断然きれい。



ブリュッセルはお菓子の町。チョコレート、ワッフルを食べ歩き。



プラハ城からの見えるプラハの町は余計なものがない雰囲気の良い町だった。



バルセロナはとにかく楽しい。同じスペインでもマドリッドとは全然違う町。



【印象的な名所】

フランスはどこも素晴らしかった。その中でもルーブル美術館は見所満載で、特に「ミロのヴィーナス」は印象的だった。また、ルーブルの向かいにあるオスロー美術館のルノワール作品はいつまでも見ていたい感じだった。

アムステルダムのアンネの家。事前に「アンネの日記」を読んでいたので印象度が倍増した。2時間近く並んだけど、いろんなことを考えさせられた場所だった。

ブリュッセルの小便小僧。世界三大がっかり名所の1つであるけど、小便小僧に罪はない。なんとなく愛らしい感じ、建国記念日仕様の特別な衣装、土産物屋に並ぶ大量の小僧。だんだん愛らしくなってきたのは不思議な感じ。



ルーブル美術館は本来なら何日もかけてまわりたいところ。



アンネにはすっかり親近感を覚えてしまった。



がっかり名所の小便小僧もしだいに愛着がわいてきた。



コトルでのトレッキングも今回の旅で楽しかったことの一つ。



【印象に残った出来事】

これはやはりイタリアのレッチェで6年ぶりに無銭チャリダーの圭さんと再会したことだ。今回の旅では圭さんと出会ったブダペストのアンダンテにも再訪して、ヨシさんと再会できたことも良かった。

ブリュッセルの路面電車でスリに会ったこと。運よく被害には遭わなかったけれど、あれは衝撃的だった。ほとんど順調に進んだ今回の旅の中で一番ヒヤっとした場面。

アドリア海をフェリーで渡ったこと。大型フェリーがこんなに楽しいとは思わなかった。水平線に消える夕日がすごく綺麗だった。フェリーに乗るまで、降りたあとも地図がなく交通手段も分からないまま移動していたので刺激的だった。

この旅で出会った色んな日本人バックパッカー。今回の旅でも多くの旅人との出会いがあった。圭さんをはじめ、いろんな旅人との出会いが僕の旅を何倍も楽しいものに変えてくれた。またいつかどこかで再会できることを期待。




6年ぶりに再会した無銭チャリダーはあの時のままだった。



スリは未遂に終わったものの、スリとの遭遇はなかなかできない経験だった。



フェリー移動をこんなに楽しめるとは思っていなかった。アドリア海、大好き。



コトルで会ったお姉さん、可愛かったなあ。



【美味しかったもの】

バルセロナの市場で食べたイベリコ豚の生ハム。前回も食べているけど、それでも衝撃的な美味さだった。口の中でとける感じと、噛めば噛むほど味が濃厚になる感じは最高。

ブリュッセルで食べたベルギーワッフル。チョコレートとアイスが載ってるやつ。甘い物はそんなに好きではないのだけど、思わず顔がほころんでしまう味。

ドイツのフランクフルトで食べた鯖サンド。この旅で一番最初に口にしたものがいきなり美味かった。

その他にはイタリアのレッチェで食べたナポリピザ。ブリュッセルで飲んだフルーツビール。バルセロナで食べたシーフードのパエリアも美味かった。




やっぱりイベリコ豚の生ハムは最高。市場で試食させてもらったのがめちゃくちゃ美味かった。



ベルギーといえばベルギーワッフル。期待していた何倍も美味かった。



フランクフルトで食べた鯖サンド。この旅で最初の外食。



レッチェで食べたナポリピザ。でかくて美味い。



ブリュッセルで飲んだフルーツビール。結構酔っ払った。



バルセロナで食べたパエリアは美味しかった。



頭に浮かんだものを何も考えずに挙げてみた。
時間が経てば変わっていくかもしれないけれど、今更ながらに1ヶ月間でいろんな所に行って、いろんな人に会って、いろんなものを食べたんだなあと思う。


もうすぐ帰国するけれど、飛行機の時間は長いからもう少し旅の余韻に浸ることにしよう。




 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 14:11
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最後の訪問地・マドリッドを観光

ヨーロッパ旅 29日目
ただいま、10カ国目
スペインのマドリッドにいます



夜行バスがマドリッドに到着したのは午前7時半だった。
昨日の日中、ずっと歩きっぱなしだったこともあって、夜行バスではいつもどおりぐっすり眠れた。前日空港泊したSも熟睡できたようだ。

バスターミナルからは地下鉄が出ている。
マドリッドではSと同じ宿をネット予約しておいたので、地下鉄を乗り継いで宿の最寄り駅・プラザ・デ・エスパーニャに到着した。



マドリッドの地下鉄



宿の前の公園



マドリッドの街並み。バルセロナとは違ってさっぱりした感じ。


予約した宿はすぐに見つかった。
宿の前にバックパックを持った欧米人が何人かいたのですぐに分かった。
たぶん僕らと同じように今日の朝、マドリッドに到着したのだろう。





今回宿泊する宿は「hostal  arti 供廖
受付には無愛想なオヤジが座っていて、チェックインしようとすると、「12時からだ」とそっけなく言われた。

予約している部屋が今空いているかを調べようともしてくれない。
まあ、仕方ない。
荷物を預けて観光に出かけようとすると、「荷物は預かれない」とまたもや無愛想に言われた。
何を言っても「ノー」とだけ言っていっこうに相手にしてくれない。
この旅最後の宿泊ホステルにして、最悪の管理人と出会ってしまった。


明日の朝にはマドリッド空港から日本行きの飛行機に乗らなければならない。
マドリッドを観光できるのは今日しかないのに、荷物も預かってもらえないとは。
とりあえず作戦を立てようということで、荷物を持ったまま近くのカフェに行くことにした。

近くのちょっとさびれた感じのカフェを選んで入ると、2ユーロでパンとカフェのセットがあり、それを注文した。スペインで2ユーロとは安い。





朝食を食べて落ち着くと、地図を広げてこれからの作戦会議。
時間の関係で、午前中は荷物を持ったまま近くの観光地をまわり、お昼に宿に戻ってチェックインして、午後からは少し離れた観光地をまわろうということになった。

睡眠は大丈夫だけど、ちょっとさっぱりしたかったので、カフェのトイレを使ってこっそり洗面をさせてもらい、カフェの会計をすませようとすると、


財布がない!

Sがバッグをまさぐりながら叫ぶ。
全部荷物を出して確認しても見つからない。
地下鉄の切符を買った時はあったから、そこからの道中でスられてしまったのだろうか。


飛行機が飛ばなくて30時間待つわ、財布はなくすわ、旅の最後にきて不運続きのS。
マドリッドはスリが多いと聞くけど、隣にいて全く気がつかなかった。

財布には70ユーロと銀行カードが1枚入っていたという。
これくらいの被害で済んで良かったけれど、現金は諦めるとしても、銀行カードは止めなければならない。

とりあえず午前中は荷物もあるのでそのまま観光して、午後からインフォメーションに行って銀行の場所を聞くことにした。



というわけで、気を取り直して観光開始。

まずは、王宮にむかって移動する。
この町は勾配のある道が多く、夜行バス後に重い荷物を引っ張るのは疲れる。
この旅でずっと良かった天気もなんだか怪しい。ポツポツと雨が降ってきた。
おまけに、どうやら道を間違えて、今いる場所がどこなのかよく分からない。


なんて日だ! 

と、Sは思っていただろう。


雨が強くなって、バス停で雨宿りしていると、目の前の公園で火の手が上がる。
警察が集まってきて、消防車が到着した。どうも芝刈りの芝を焼いていた火が何かに引火したようだ。









マドリッドの町


しばらくすると、火も小さくなり、雨もあがった。
急勾配の坂を荷物を引きずりながら登り、ようやく最初の観光地、アルムデーナ大聖堂に到着した。



アルムデーナ大聖堂


続いて、サン・ミゲル市場、ビリャ広場、マヨール広場と当初の予定とは違う順番でまわっていく。



サン・ミゲル市場



この市場はそんなに大きくなかった。






ビリャ広場



マヨール広場。ここは広かった。






警官? にしてもパフォーマンス感が強い。


更に、最初に観光するはずだった王宮へ。
でかい荷物を持っているので、敷地内には入らず、外から写真を撮るだけにした。



王宮



王宮。荷物があったので中には入らなかった。



マクドナルドでもビールを出してる。


近場の観光を終えて宿に戻ってきたのは1時くらいだった。
観光の途中、Sの財布はスリにやられたのではなく、早朝宿に行った時に慌てて荷物を出し入れした時に落としたのではないかということになり、管理人のオヤジに聞いてみたけど、まったく探す様子もなく、「ノー」の一言で片付けられた。

このオッサンが盗んだんじゃないか? と思いたくもなってしまう態度。こんな年の取り方はしたくないものだ。


実は、今回の宿、1泊しかしないものの、ドミトリールームではなく、シングルルームを予約している。
ネットでマドリッドの安宿を探したところ、この宿のドミトリールームが8ユーロだったのだが、シングルルームが15ユーロと安かったので、この旅最後の1泊くらい、贅沢にシングルルームにしてみたのだ。


ハイシーズンのこの時期にスペインでシングルルームが15ユーロなんて安すぎる。
何か理由があるのではと思っていたら、どうやらこの宿は以前は学生寮で、その部屋をそのまま利用してユースホステルにしたため、一部屋が狭くて部屋数が多く、低価格で提供できているらしい。

チェックインを終えて部屋に入り、荷物を置いてとりあえずSを部屋に呼ぶ。
財布が見つからず、Sが気落ちしてないかと思ったので、さっきスーパーで買っておいたサラミとビールを出して、とりあえず乾杯した。

Sはそんなに落ち込んだ様子もなく、昨日、一昨日とベッドで寝ていないのになぜか元気だ。
ビールを飲んだらシャワーを浴びて、2時半には再び観光に出ることにした。





2時半になり、疲れも見せずに宿をでる。
まず最初に最初にしなければならないのは、Sの銀行カードを止めるため、現地の銀行に行くことだ。
カードは中国工商銀行。現在、中国で一番大きな銀行であり、世界の銀行ランキングでも資本金でナンバーワンという銀行だ。中国の躍進おそるべし。
それだけの銀行なら、きっとマドリッドにも支店があるはずだ。


インフォメーションで場所を聞き、地下鉄に乗って工商銀行のあるバンコ・デ・エスパーニャ駅へ。
マドリッドはバルセロナと比べても中心地がかなり広く、徒歩での移動はちょっと無理がある。
地下鉄を乗り継いで最寄り駅まで行くと、工商銀行はすぐに見つかった。


受付に行くと、現地人のオペレーターが中国語で案内してくれた。

「ここは工商銀行のマドリッド支店なので、ここでカードを止めることはできませんここの銀行と中国の銀行は別物なんです」


流暢な中国語で断られたものの、そんなに簡単には引きさがるわけにはいかないので、どうにかしてくれと粘っていると、中国人のスタッフが来て事情を知り、中国支店の連絡先を調べてくれた。
対応が無愛想に見えることもある中国人だけど、事情が分かれば親身になってくれるのも中国人。そして、規則に反していたり、状況的に厳しくても何とかしてくれるのが中国人だ。

中国人スタッフは中国の支店に電話をしてくれ、こちらの中国語で分からないところは電話を変わって説明してくれ、無事にカードを止めることができた。


これでSの銀行カードは問題解決。
ここからは心置きなく観光できる。バンコ・デ・エスパーニャ駅から南に歩いていくと、市役所、そしてプラド美術館にぶつかった。



市役所本部。全然市役所らしくない。



プラド美術館。


プラド美術館はとても有名な美術館。でも、今回はプラド美術館ではなく、ソフィア美術館に行く予定だったのでスルーする。そして、プラド美術館の裏側にあるサン・ヘロニモ・エル・レアル教会に行ってみることにした。



サン・ヘロニモ・エル・レアル教会。

小さい教会だけど、1500年頃に建てられたマドリッドで唯一のゴシック建築の教会で、なんかかわいい感じだった。


つづいて、ソフィア美術館に向かったのだけれど、途中で雰囲気のいいバルがあったので、そこで生ハムを食べることにした。
Sはバルセロナに数時間しか滞在していないので、まだスペイン料理を全く味わっていない。とりあえず、イベリコ豚の生ハムとパエリアだけは食べてもらわなくては。


ビールは1杯1ユーロ。普通の生ハムなら2〜3ユーロで1皿出てくる。お目当てのイベリコ豚の生ハムは2種類を1皿にしてくれて8ユーロで、Sと二人で食べても十分の量だった。



スペインのBAR(バル)



ビールも1ユーロ。生ハムも安くて気軽に入れるお店。



立ち飲み屋みたいな感じ。



これがイベリコ豚の生ハム。普通の生ハムの4倍くらい高いけど、とにかく美味い。


生ハムが美味くて思わずビールをおかわりしてしまった。
お酒も入って気分が良くなったところで、ソフィア美術館へ。

この美術館に僕は前回も行っている。プラド美術館は前回も行っていない。
それなのになぜソフィア美術館を選んだかといえば、ソフィア美術館には「ゲルニカ」が展示されているからだ。



ソフィア美術館。入場料8ユーロ。ちょうどダリ展をやっていた。



5回のエレベーターから階下を見ると、ダリ展に入るために並ぶ人の列がすごかった。


「ゲルニカ」はあの有名なパブロ・ピカソが描いた作品だ。
写真撮影は禁止されているけれど、3.5メートル×7.8メートルの大作で、もう6年前になるけれど、どのような作品だったかははっきりと覚えている。
ゲルニカとはスペイン内戦中に空爆を受けた町のことで、反戦をテーマにしたこの作品は前回見た時に非常に感動した。
その時の印象があまりに強かったので、この作品だけを見にソフィア美術館に来たのだ。

久しぶりに見るゲルニカはやっぱり素晴らしい作品だった。
ただ、前回は展示してあったゲルニカの作成過程の部分的な下書き作品が今回はなぜか展示されていなかったことは非常に残念だった。



ソフィア美術館に2時間ほどいたあとは、大型スーパーを探しに市内の中心部に地下鉄で移動した。Sはこれまで全くお土産を買っておらず、ここスペインで探すつもりでいたので、それなら大型スーパーが一番いいだろうということになったのだ。

スーパーの場所が分からないので、とりあえず地図にあるセバーダ市場に行ってみたものの、時間が遅くてほとんどの店が閉店していた。
そこから歩いてさらに中心地に向かうと、レストランや土産物屋が多いエリアに入り、そこででっかりスーパーを発見した。



アトーチェ駅



夕暮れ時の町


僕の土産はハンガリーとイタリアでかなり買っていたから、本当はもう買わない予定だったのだけれど、ムール貝やタコ、オリーブの缶詰、バジルなどの調味料など安くて魅力的な食材が多かったので、ついつい買ってしまった。



本当は生ハムを買いたいところだけど、生肉の持ち込みは禁止の可能性が高いのでやめておいた。


時間は夜8時半。空もだんだん暗くなってきた。
予定していた観光はすべて終了、土産物も買い終えたので、残るイベントはただ一つ。パエリアを食いながら酒を飲むことだ。


値段の客数と雰囲気を考慮しながら、いろんなレストランを回る。
歩いているうちにマヨール広場まで来てしまったけれど、この広場の周囲を囲むレストラン群はかなりの高級店。手が届かなかった。




ここにも似顔絵描きがたくさんいた。



マヨール広場のレストランはかなり高級。



夕方になると、マヨール広場も人が増えてくる。


さらに脇道に入っていくと、値段もほどよく、客の入りもまあまあの店を見つけたのでそこに入ることにした。
メニューを見ると、インサイドとアウトサイドで値段は2〜3ユーロ違う。
つまり、店内で食べると安いけど、外のテーブルだと高いわけだ。


それならもちろん中で食べようということになり、生ビールを2杯、パエリアを2つ注文した。一人あたり12ユーロ、手ごろな値段だった。
パエリアはシーフードとイカ墨を頼んだけれど、残念ながら米がベチャベチャしててあんまり美味しくなかった。








Sもさぞかし残念がってると思ったら、この1ヶ月、パンばかりで米に飢えていたので、このパエリアでも満足しているようで、最後の米1粒まできれいに食べきっていた。


宿に戻ったのは10時半。
明日は朝早くに空港に行き、日本に帰国しなければならない。

長いようで短かった1ヶ月のヨーロッパ旅もこれで終わりかと思うと、ちょっと寂しい気がしてくる。

 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 11:31
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スペインといえばパエリア、バルセロナといえばサグラダ・ファミリア

ヨーロッパ旅 28日目
ただいま、10カ国目
スペインのバルセロナにいます




バルセロナ2日目。

昨日はサンダルで歩きすぎたため、今日は足が張っている。
数時間ビーチにいただけなのに日焼けして体がヒリヒリする。
今日は無理せずのんびりしようと思っていたけど、バルセロナは楽しい町なので結局一日中歩き回っていた。


今日の夜行バスでバルセロナからマドリッドに移動する。バスチケットはネットで34ユーロで購入した。11時にチェックインをすませ、宿に荷物を預かってもらおうと思ったら、午後4時までなら3ユーロ、それ以降まで預かるなら5ユーロも必要だという。

旅人の足元をみた姑息なやり方。1泊15ユーロの宿で5ユーロは高すぎだろう。
とはいっても、荷物を持って観光するわけにもいかず、仕方ないので5ユーロで夜9時まで預かってもらうことにした。

宿を11時に出発し、歩き始める。バルセロナの町は地下鉄で移動すると便利なのだけれど、歩けない距離ではないから、結局、一度も地下鉄を使わずに全部歩いて移動した。



スペインにも自転車泥棒はいるようだ。でも、タイヤを外して盗むなんてかなり強引。



日本もガソリンは高いけど、スペインはもっと高い。


本日、最初に向かった場所は、「サグラダ・ファミリア」。
バルセロナといえばガウディ建築、ガウディ建築といえばサグラダ・ファミリアだ。
ガウディ建築の傑作といわれ、すでに施工されてから100年以上が経過している。
そう、ガウディ没後もずっと建築が続いているのだ。しかも、完成までには今後さらに100年近くを要するというから、僕が生きている間に完成することはほぼ不可能だ。


宿から歩いて到着した場所は建物のちょうど後ろ側だった。はっきりと覚えてはいなかったけれど、6年前とは少し変わっているような気がする。建物の後ろ側がチケット売り場になっていたので、チケットを買おうかどうか迷っていたけど、その列がひたすら続いて広い敷地をぐるっと囲っていた。たぶん数千人の人が並んでいただろう。

サマーホリデーとはいえ、観光客多すぎ。いったい何時間待ったら中に入れるのだろうか。



サグラダ・ファミリアの後ろ側。観光客が多すぎて正面かと間違えるほどだった。


建物の正面に移動すると、そこには見覚えのある化け物のような建物がそそりたっていた。
まあ、よくもまあこんなものを作ろうと思ったなとあきれるほどの緻密な設計は僕がこれまで見てきた世界中の建築物の中でも秀でている。

そのまま正面に回ってみた。久しぶりに会うサグラダ・ファミリアはやっぱり常軌を逸していた。



正面。入口のデザインは凝りすぎだろう。








柵の外から細かい建築様式をのんびり眺めた。しっかり見るにはチケットを買って数時間かけて見たほうがいいんだろうけど、人は多いし暑かったので、今回は外から見るだけにすることにした。

またすぐ見に来たいとは思わないけれど100年後に完成したサグラダ・ファミリアを一度見てみたいというのはここを訪れた人の共通の願望だと思う。



サグラダ・ファミリアの観光を終え、建物を背にしながら町の中心部へと移動する。
すでに太陽は空高く昇り、暑さでまいってしまった。ちょっと休憩したいと思い、どこかに安いバルはないかと歩いていると、ビール1本が1ユーロという激安のバルを発見した。








料理メニューにはなぜかスペイン料理に混じってチャーハンや焼きそばが。
そう、この店は中国人が経営するバルだった。
ここスペインでも中国人経営の店は多い。中国人だからといって中華料理の店をやるのではなく、バルや土産物屋、日用品の店などいろいろな店を経営している。


ビールとサラミのサンドイッチを注文して3.5ユーロ。このサラミのサンドイッチは大量のサラミにソースがかけてあってかなり美味かった。安くすんだし、店長の中国人と中国語で話せてなかなか楽しかった。



この生ハムサラミサンドはかなり美味かった。



ここからは散歩をしながら街を散策。町の東側を中心に散策し、疲れたら土産物屋などに入って体を冷やしていた。



ピカソ通り。でもピカソ博物館は人が多くて入らなかった。



ここにもあった凱旋門。この旅で3回目。



公園では現地人がお手製の武器で剣術の真似事をしていた。



ACバルセロナの公式ショップ。



バルセロナ対マドリッドのチケットを販売していた。



レストランが周囲を囲むカタロニア広場。



バルセロナの町はこのような建物にはさまれた狭い通りが多い。






特に目的地もなく、ぶらぶらと歩いていると、いつの間にか昨日も行ったサンブラス通りに到着した。





サンブラス通りは日曜ということもあって、多くの家族連れで賑わっていた。夕方になると大道芸をする芸人も増えてきて、多くの人が足を止めていた。
似顔絵描き、仮装、ジャグリングなどいろいろやっていたけれど、やっぱり圭さんも言っていたように、ここの大道芸はかなりレベルが高いように感じた。

































時刻は夕方5時。まだ日は高く、夜行バスの時間を考えるとまだかなり時間がある。
疲れたので涼しいスーパーに行ってのんびり商品を見ていようと思ったら、昨日行ったカルフールは今日は日曜でお休みだった。

ならばと昨日行った市場に行ってみると、ここもやっぱりお休み。いくら人が来ても日曜日は休みにするところは、イタリアやハンガリーと同じだった。

みんな、生活に便利を求めているのではなく、生活に幸せを求めているのだろう。



カルフールは安いから好き。



休みと知らずにがっかりしていた観光客は結構いた。



仕方ないのでミニスーパーに行って、店の外でジュースを飲んでいると、背後から声をかけられた。
振り返ってみると、昨日一緒にバルにいったAさんだった。

なんて偶然。
それじゃ、今日も一緒に夕食を食べようという話になり、7時に待ち合わせして、今日はスペイン名物のパエリアを食べにいくことになった。
スペインといえば生ハムとパエリア。やっぱり1回は食べておかなければ。



7時までまだ時間がったので、サンブラス通りを南に歩いていくとハーバーに出た。ハーバーの前にはコロンブスの塔があった。






コロンブスの塔



7時になったのでミニスーパーの前でAさんと合流。
さっき声を掛けられたサンブラス通りのパエリア屋が値段も安く、良さそうな店だったから、そこに行ってみることにした。



サングリア。オレンジ以外にもいろいろ果実が入っていた。



ピザも頼んでみた。けっこうでかい。厚生地だった。



そしてパエリア。やっぱりシーフードでしょう。文句なしに美味い!


サングリア2杯、ピザ、パエリアで20ユーロ。1人あたり10ユーロでこれだけ飲み食いできるならかなり安い。
普通はパエリアだけで13ユーロくらい、サングリアが4ユーロくらいするから、かなりお安く、それでいて味には満足できた。量も多くて腹いっぱいになった。

昨日も今日も、Aさんとは偶然の出会いで一緒に食事をしたけど、これも旅の醍醐味。観光は一人でよくても、やっぱり食事は1人じゃ寂しいから、Aさんのお陰でバルセロナでは楽しい食事ができた。


8時半くらいにAさんと別れ、宿に戻る。
預けていた荷物を受け取って、北バスターミナルに向かった。
バスセンターは昼間にも確認のために近くを通っていたので、すぐにたどり着けた。



昨日の夕方にバルセロナに到着するはずだったSは今日の夜行バスで一緒にマドリッドに行くはずだったのだけど、やっぱりバスターミナルにはいなかった。

何かのトラブルで飛行機が飛ばなかったか、乗れなかったのだろう。マドリッドから13日に日本に帰国するチケットを持っているから、何とか明日中にマドリッドに来れればいいのだけれど……。


そんなことを思いながらバスターミナルで待っていると、出発時間になってマドリッド行きのバスが到着した。
荷物を預けようとしてバスの横に行くと、なんとそこにSが現れた。

「おおお! S!」


なんでも、Sが昨日乗る予定だったクロアチアのドブロブニクからバルセロナまでの便が大雨と故障が原因でなかなか出発せず、空港で30時間も待たされて、ついさっき、ようやくバルセロナ空港に到着したらしいのだ。

「空港から荷物を持ったまま、なんとか夜のサグラダ・フォミリアだけ見てきました」と息を弾ませている。
いつ飛ぶか分からない飛行機を待つのはかなりきつかっただろう。30時間待つなら航空会社がホテルを用意するのが普通なのだけれど、それもなし。
話を聞くと、その航空会社は僕がイタリアから利用したのと同じブエリング航空だった。

さすが格安航空会社。
でも、あまりに迷惑をかけて乗客からのクレームがひどかったため、今回の航空券料金はすべて返却されるらしい。

30時間も空港で待つのは辛いけど、2万円の航空券代が無料になるのはかなりおいしい。
「うーん、どっちのほうがいいだろう?」と真剣に考えてしまった。


でも、このバルセロナの町で、夜のサグラダ・ファミリアしか観光できないのは、やっぱりもったいないなあ。この2日間のバルセロナ観光は2度目だというのにかなり楽しかった。


なにはともあれ、何とかSと一緒にマドリッドに行けることになった。

 

 


 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 08:30
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6年ぶりのバルセロナ、久しぶりのビーチとガウディ建築

ヨーロッパ旅 27日目
ただいま、10カ国目
スペインのバルセロナにいます



バルセロナ空港のカフェで目が覚めたのは午前5時半だった。
2時間ほど寝てすっきりし、6時になったらエアポートバス乗り場に行き、市内へ向かった。

バルセロナの中心部、カタルーニャ広場には6時半に到着した。
まだ薄暗く、人通りがあまりなくてちょっと不安だったけれど、予約しておいたホステルに歩いているうちにしだいに明るくなっていった。



バルセロナの中心、カタルーニャ広場


でっかい温度計。現在、25度。


スペインの横断歩道はこんな感じ。



ただ、予約しているホステルのチェックインの時間は午後3時。9時以降なら、とりあえずチェックインして荷物は預かってもらえるみたいだけど、それでもまだ2時間半ある。
空港を出たのがちょっと早かったかなと後悔しつつ、バルセロナの町を歩いていると、さっそく、ガウディ建築にご対面した。


「カサ・バトリョ」。ガウディのデザインで作られた住宅である。地球の歩き方いわく、壁面にちりばめられたガラス・モザイクが朝日に照らされて輝くときが美しいらしい。
明るくなってきたものの、光が差し込むまでにはまだ時間すこしかかりそうだ。



カサ・バトリョ。ガウディ建築。


壁面にはガラスモザイクがほどこされている。


道を進んでいくと、つづいて、またしてもガウディ建築の「カサ・ミラ」に出会う。この建築は切り出した石をそのまま積み上げていって作られた建物で、直線を排除し、ゆがんだ曲線を主流としてデザインされた奇妙な建築物だ。



カサ・ミラ。建物が波打っている。





さっそくガウディ建築にお目見えして気分よく歩いていると、予約していたホステルに到着した。
このホステルも建物の前には看板がなく、住所をたよりに入り口を探すと、呼び鈴に小さくホステル名が書かれていた。呼び鈴を押してみたものの反応はない。まだ7時過ぎだから、さすがに早すぎた。


仕方ないのでもう一度「カサ・バトリョ」に戻って朝日の差し込むまで待って写真を撮り、それでも時間があったので近くにあるカフェでコーヒーを飲み時間をつぶした。



カフェ。1・5ユーロだけど、外で飲むと2・5ユーロ。


思ったほど綺麗に見えなかった。


9時になったので、もう一度ホステルに向かう。宿泊客と一緒にホステルに入ると、すぐに「チェックインは3時だよ」と言われて焦ったけれど、ちょうど僕が宿泊する予定だったドミトリーのベッドがすでに空いていたようで、そのままチェックインしてベッドを使わせてくれた。

これはラッキー。急いでシャワーを浴びて洗面をすませ、ベッドに入って1時間半ほど仮眠した。



看板がなくて分かりにくい。


「ホステル・レジデンシア」。ドミトリー1泊15ユーロ。


ホステル内はとても綺麗だった。


キッチンも充実。でも、ここでは外食したいところ。


11時半。もうちょっと寝ても良かったのだけれど、目が覚めてしまったので町にくりだすことにした。
バルセロナの町は6年前にも来ていて、とても見所の多いお気に入りの町だ。

6年前は市内の有名な観光名所はもちろん、カルメン鑑賞、闘牛初観戦、そして偶然そこでライブをしていた日本人ジャズピアニストの上原ひろみのライブを見に行った。

市内もなんとなく覚えていて、思い出を振り返りながら歩く。
まず向かったのは前回行かなかった「カテドラル」。ゴシック様式の建築物で、細かいデザインがほどこされている。建物の前には多くの観光客がつめかけていた。
あいにく入場時間ではなかったため中には入れなかったけど、バルセロナらしい建築物だと思う。



カテドラル。午前と夕方だけ入場できる。




つづいて、カテドラルから歩いてすぐの場所にある「王の広場」。ここも前回行っていない場所で、ガイドブックに載っていたから行ってみたのだけれど、「ここでいいの?」というような感じで、ゴシック建築の建物に囲まれた少し広いスペースだった。
ガイドブックには「バルセロナの歴史が凝縮されている」と書いてあったけれど、バルセロナの歴史を良く知らない僕にはピンとこない場所だった。



何がすごいのかイマイチ分からなかった。


時間は午後1時半。まだ時間はたっぷりある。今日は旅の最初で一緒だったSがクロアチアからバルセロナに到着するというので、午後6時半にSのホテルの前で待ち合わせをしている。残りの5時間をどう使おうか迷ったけれど、そんなに眠くもなく元気だったので、ビーチに行ってみることにした。



人だらけ。ヨーロッパの海だなあって感じ。


泳いでいる人はあんまりいない。だいたいが子連れ。





王の広場から歩いて30分。ビーチは人で埋まっていた。今回の旅ではモンテネグロのコトルでアドリア海のビーチを見たけれど、今回の地中海のビーチは規模がまるっきり違っていた。
サマーホリデーということもあり、とにかく人が多く、子供から老人まで多くの人が身体を焼いていた。日本の女性は焼けることを嫌い、ひたすらに肌を守るけれど、こちらは違う。シミになろうがおかまいなしにとにかく焼く。海に入ることなんて二の次という感じだ。

なかにはトップレスの女性もいて、まれに全裸の人もいる。
6年前にもこのビーチを訪れたのだけれど、予備知識なしで行ったのでかなりカルチャーショックを受けた。
今回は前回の予備知識があったので、ビーチを歩きながらしっかりと目の保養をさせてもらった。ただ、一人で行ったため、荷物が心配で海に入れなかったのは残念だった。

そういえば、モロッコのサハラ砂漠で出会い、偶然バルセロナの町で再会して一緒にビーチにいったS君は日本で元気に生活しているだろうか?
彼とは一緒にモンセラットにも登ることになって、その時は頂上で昼寝をしていたら帰りのロープウェイの時間を乗り過ごし、自力で下山して道が分からなくなり、日の落ちた山道で遭難しかけたという思い出も共有している。(ケセラセラ 2007年6月25日


ビーチに1時間ほどいたら、すっかり体力を奪われて身体も日に焼けてしまった。
町中にもどると、次に向かったのはバルセロナで一番の繁華街、ランブラス通りだ。

土曜日ということもあり、ここも人がすごかった。
通り沿いにはサン・ジュセップ市場があり、ここはとても活気があって楽しかった。スペインに来た目的の一つ、イベリコ豚の生ハムも売られていて、買おうかどうか迷ったけれど、今日はSと食事をする予定だったので、申し訳ないながらも試食だけさせてもらった。



サン・ジュセップ市場。


市場といえば、やっぱり生ハム。


1ユーロで食べられる試食用の串があった。


店の人がイベリコ豚の生ハムを2キレくれた。ジューシーで美味!!!


スペインは海鮮も豊富。










6時になったので、Sの宿泊するホステルに向かう。
ホステルはすぐに見つかったけれど、待ち合わせの6時半になってもSは姿を現さない。仕方ないので、レセプションに行ってみると、Sはまだチェックインしていないという。
これはおかしい。クロアチア発の飛行機は午後4時前にバルセロナ空港に到着しているはずだ。


もしかしたら飛行機が遅れているのかもしれないから、ホステルの外で8時まで待ってみたけれど、Sは現れなかった。

実は、数日前から僕のホットメールが使えなくなってしまった。「アカウントが他人に使われている可能性がある」ということで止められていて、Sとはメールでも連絡がとれないのだ。
たぶん、急にヨーロッパに来ていろんな国でメールしていたので、怪しいと思われたのだろう。今使っているノートパソコンも旅の3日前に秋葉原で購入した中古の小型パソコンで、旅を始めてから使い出したから、より怪しい。

合流しなくても今後の旅には別に問題はないのだけれど、ホステルにちゃんと予約を入れていたみたいだし、Sに何か問題が起こっていなければいいのだけれど。


もう来ないなと思っていると、ホステルのあたりをうろうろしているアジア人らしき女性がいた。片手にi-phone、片手に紙をもちながら何か探している。これはと思って話しかけたら、やっぱり日本人旅行者だった。
持っている紙を見ると、思った通りSが泊まる予定のホステルを探していて、入り口を教えてあげた。

彼女は現役大学生のAさんで、現在はロンドンに語学留学をしているらしい。留学生活の最後の思い出にヨーロッパを一人旅しているのだという。
本当はSと食事をする予定だったけど、一人になってしまったのでAさんを食事に誘って、一緒にランブラス通りに行くことにした。


夜中になってもバルセロナの町はにぎやかだった。
ランブラス通りは歩きにくいほど人が多く、そこから町中を散歩して、最後にバルに入ってピザを頼み、ビールを飲んだ。



スペインといえばパエリアも有名。10から15ユーロくらい。


バルでビールとピザを食べる。


夜も更けてきたのでAさんを宿まで送っていき、もういちどSがチェックインしているか聞いてみた。時間はもう11時を過ぎていたけれど、やっぱりSはまだ到着していなかった。


本当にSはどうしてしまったのだろう?



カサ・バトリョ。朝より夜のほうが綺麗だった。


こちらは夜のカサ・ミラ。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 20:02
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さらばレッチェ! 圭さんの旅にご多幸あれ!

ヨーロッパ旅 26日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます




レッチェ最終日。
今日でこの町に別れを告げ、バルセロナに移動しなければならない。


昨日の夜はかなり熱の入った話しをしていこともあって、正午過ぎに目が覚めたものの、二日酔い気味でちょっと体が重い。

圭さんが一番得意だという朝食をご馳走になり、急いで出発の準備をした。



圭さんの一番得意な料理は目玉焼きらしい。「ん? 得意?」


14時半、僕のバックパックをママチャリの荷台に載せ、圭さんはニッチェ駅まで僕を送っていってくれた。

この6日間、圭さんには本当にお世話になった。
最初は2、3日の滞在でローマやヴェネツィアに移動するつもりだったけど、ここで6日間滞在したことは、都市観光をするよりずっと楽しく、イタリア人の生活習慣、この土地の文化なども味わえてとても有意義な滞在となった。


レッチェの町は小ぢんまりしたちょうどいい広さで、本当に雰囲気の良い町だった。
毎晩、夜中の2時まで広場は人であふれかえり、皆、時間に余裕を持ちながら生活している。
この地で40年間も陶芸をしているヒロコさんとは興味深い話ができたし、この町で偶然出会った日本人バックパッカーのYさんはイタリア初心者の僕をいろいろ助けてくれ、楽しい話がたくさんできた。

レッチェは今回の旅でもっとも思い出深い、好きな町になった。






これからも多くの困難が立ちはだかるだろうけど、圭さんの旅にご多幸あれ!


レッチェを3時16分に出発した列車はでバーリ・セントロ駅に5時10分に到着した。
1週間前にバーリからレッチェに向かった時は20ユーロした列車料金も、便によって値段が違うらしく、今回は半額以下の9.2ユーロで移動できた。

バーリ・セントロ駅からは列車を乗り換えてバーリ空港まで向かう。
本当はバスで空港まで向かうつもりだったけれど、たまたま入ったインフォメーションが空港行きの列車乗り場とつながっていた。
料金は5ユーロで、バスより1ユーロ高いけど、バスより早く着き、便もたくさんあったので、列車で行くことにした。



バーリ駅の近くのスーパーでえびせん発見。商品名は「Oishi」。


空港には6時半に到着し、チェックインをしたのだけれど、そこで一つの問題が発生した。

今回の便はスペインで有名な格安航空券を提供するヴエリング航空で、現在、ヨーロッパが一番バカンスで混み合う時期にも関わらず、スペイン行きの便は他の航空会社と比べても格段に安かった。
ネットで探したところ125ユーロ。それ以外のバルセロナ行きの便は全て200ユーロ以上で、500ユーロ以上のものも多かった。

残り枚数が少なかったから慌ててネット購入したのだけれど、安いだけあってそれなりの落とし穴があった。

まず、預け荷物が1つでもあれば追加料金が発生する。ネットには書いてあったのだけれど、ちゃんと確認していなかった。
預け荷物が10キロ以下で1つ、持ち込み荷物が1つだと思っていたら、持ち込み荷物が10キロ以下で1つだけしか許されなかった。
というわけで追加料金35ユーロを支払わされた。ネットで預け荷物があることを登録しておけば19ユーロの追加料金で済んでいたから、ちょっと痛い出費だった。
他の乗客が皆小さめのキャリーバックを持って機内に乗り込んでいたのはそういう理由だったのだ。

そして、機内に入ると、機内食はもちろん、お酒やジュースなどの飲料も全て料金がかかる。今回の移動は2時間ほどだったから何も飲み食いせずに我慢できたけど、安いには安い理由がしっかりとあった。
とはいえ、荷物代を含めて160ユーロとなってしまった航空券も他のチケットより格安だったので文句は言えない。





飛行機は定刻を少し遅れて20時40分にバーリ空港を発ち、23時にスペインのバルセロナ空港に到着した。


10カ国目となるスペインはこの旅最後の訪問国である。

今晩は時間も遅いので宿には向かわず、朝まで空港ですごすことにした。
夜中に場所のはっきりしない宿を荷物を持ちながら探すのは危ないし、宿泊予定の宿もチェックインは夜中12時までだったのでたぶん間に合わない。
1泊分の宿泊費用も浮くのでちょうどいい。

幸い、この6日間は毎日、圭さんと朝7時過ぎまで酒を飲んでいたからそんなにきつくはなかった。バルセロナ空港は広くて24時間営業だったし、2時半くらいまでは到着する便があって出迎えの人も結構いた。
カフェも24時間営業だったから、カフェのソファに座ってノートパソコンでブログを書き、2時間ほど仮眠もとれた。


明日はちょっと眠いだろうけど、久しぶりのバルセロナの町を楽しみたい。




バルセロナ空港


安いレモンのお酒を買って、空港カフェで朝まで過ごす。他にもそんな客がたくさんいた。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 18:36
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イタリアの小物はオシャレ

ヨーロッパ旅 25日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます

 

今日は8月8日。5年前に北京オリンピックが開幕した日だ。
「八」は末広がりで縁起がいいと考えるのは漢字を使う中国と日本だけだろう。


レッチェに来て、今日でもう5日目。
イタリアの他の都市への訪問をやめてずっとレッチェにいる。
かなり余裕があると思っていたら、驚くくらいにあっという間で、明日にはもう出発しなければならない。


お昼くらいに起きて、とりあえず荷物の整理。次の目的地であるスペインの情報を入手して、明日の空港までの行き方をいろいろ教えてもらっていたらあっという間に夕方になった。

今日が最後のレッチェの夜になる。というわけで、今日は僕も広場に行き、最後にもう一度、圭さんの手品を見ることにした。



タバコの自動販売機



ゴミ箱。


というわけで、午後7時頃、広場に着いた。
いつもより早く広場についたのは、今日から4日間、広場ではワインフェスティバルなるものが行われるという情報を聞いたからだ。

ワインの試飲、ワインに合うチーズやソーセージなど、広場内にブースがいくつも作られている。ただ、初日ということもあり、盛り上がりはイマイチだった。









子どもが店番を任されていた。

 

ちょっと早めに行ったので、人々の足がいくぶん早い。
大道芸をする時は、人がたくさんいればいいというものではなく、食事が終わってデザートを食べながら目的もなく散歩している少し深い時間のほうが良いらしい。なぜならそのほうが足を止めてくれやすいからだ。

早い時間だと、散歩ではなく目的をもって歩いている人が多いため、足を止めてくれる人もまばらだという。

 

ちょうどいいので、広場の周囲にあるオシャレな小物の露店を見ながら散歩した。何か安くていいものがあれば買ってみよう。



露店はほとんどが手作りだった。




日本にも可愛い小物は多いけど、イタリアはオシャレな感じもするのは気のせいだろうか。



通りには多くの露店が並んでいた。



ワインの栓。これも全部手作り。一つ買ってみた。



薬味を擂ってそのまま出せる容器。これも買っちゃった。



おお、町中で大胆な。さすがイタリア。



可愛いアイスクリーム売りの子を発見。


空もしだいに暗くなり、圭さんの手品にも多くの人が足を止めるようになってきた。
圭さん自身、この6年間ヨーロッパをまわりながらいろんな国で鍛えられて、大道芸への自信がついてきたらしい。






手品をしていると警察官が圭さんに話しかけてきた。
何か注意されるのかと思ったら、「俺にもコインを入れさせてくれ」と言ってきた。
警備中だろうに、こんな余裕があるのもなんかいい。




今日は長丁場になるので、11時くらいまで手品を見て、僕は先に家に帰ることにした。


手品が終わって圭さんが帰ってきたのは深夜1時半だった。
今日の圭さんは5時間も手品を披露し続け、薄利多売でなかなかの実入りを得たようだ。


で、今日も夜中の2時からは6日間連続となる晩酌を催した。
今日の話題はというと、


「全ての電子機器は人々に便利をもたらすと同時に不便をもたらしている」

「チケット買占めによる高額販売は商売としてアリかナシか」


話題がだんだん旅から離れ、小難しい領域に入ってきた。
2日前に買った18本のビールはすでに2本しか残っていなかったので、今日、追加で買ってきのに、そのビールもなくなってしまった。
今回の滞在中、2人でいったい何本のビールを飲んだんだろう。

最後にはワインも出して、今日も朝7時まで宴は続いた。

 

明日はレッチェからスペインに移動しなければならない。
旅は前へ前へ進んでいくものだけれど、もう少しレッチェにいたかったなと思った。


 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 07:54
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「南のフィレンツェ」と呼ばれる町・レッチェ

ヨーロッパ旅 24日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます



レッチェ4日目。

気がつけばレッチェに来て4日目になっていた。
当初の予定では、この町に来た目的は圭さんと再会するために来たわけで、レッチェという町を見たかったわけではない。

イタリアといえば、やっぱりローマ、フィレンツェ、ヴェネツィアだろう。ナポリ、ミラノ、トリノなんて有名な町もある。
特に、今回の旅で一番行きたかった都市はヴェネツィアだった。
訪れた観光客の誰しもが良かったと絶賛する水の都・ヴェネツィアに前から一度行ってみたかった。

ところが、今日でもうレッチェ4日目。今までほとんどの都市が1泊か2泊、一番長くいた都市のブダペストで4泊だった。

 

「レッチェの後はローマ、ヴェネツィアと回りたいから、たぶん2泊か3泊になると思います」

圭さんにもメールでそう伝えていたのに、随分予定がくるってしまった。
実はレッチェに来た初日に居心地が良くなってしまい、その日のうちにレッチェに近いバール空港からバルセロナ行きの格安航空券をネット購入してしまったのだ。


「まあ、いいじゃないですか。ローマやヴェネツィアはまた行けますよ。せっかくだからのんびりしましょうよ」


レッチェ初日の夜に圭さんから聞いた言葉は、6年前にも聞いたような言葉だった。


6年前の世界一周中、僕は物価の高いヨーロッパで、ハンガリーに予定以上に長く滞在している。
僕の世界一周中の国別滞在日数は、毎日書いているブログの国別投稿数を見てもらえば分かるのだけれど、ヨーロッパの中でハンガリーは16日と圧倒的に長い。

それは、圭さんがスタッフとして働いていたブダペストの日本人宿・アンダンテから旅を再開するというので、見送りをするためだった。
それが、出発予定日になってもいっこうに出発せず、結局こちらが見送られることになり、無駄に長く滞在してしまったのだ。


「まあ、ゆっくりやりましょうよ」


慌しい旅程で疲れていたのか、知り合いの日本人に会えたことで安心したのか、毎日たっぷりビールが飲める喜びに負けてしまったのか、今回も6年前と同じように簡単に納得してしまった。
納得させられたというより、自ら望んでいたというほうが正確かもしれない。それだけここは居心地が良かった。

それでも、ローマだけ、ヴェネツィアだけなら全然行けたのだけれど、どうしても行っておきたい都市の片方だけ行くより、次の機会に両方の都市が残っていたほうが行きやすいと考えてしまった。


今回のイタリアで僕のこれまでの訪問国は49カ国(台湾、香港、マカオを含む)になった。行きたい国、行きたい都市もだんだん少なくなってしまった。
またいつかヨーロッパに来るために、楽しみは少し残しておこう。



自転車を直す圭さんは6年前と全く一緒。



そういうわけで、日数に余裕ができたので、バルセロナ行きの航空券は9日発を購入した。レッチェには6泊することになる。

まだ3日余裕があるけれど、3日もいながらまだ全く観光もしていないので、今日は圭さんに案内してもらってレッチェの町を観光することにした。


レッチェの町は南イタリアの町で、日本のガイドブックでもあまり取り上げられていない。しかし、欧米ではかなり人気があって「南のフィレンツェ」と呼ばれ、バロック建築が有名らしい。

この時期はサマーホリデーで観光客も多く賑わっている。
中心地は旧市街と新市街があるけれど、町の見所は旧市街に集まっているといっていいだろう。

 

それでは、今回も観光した場所は写真で紹介。
とりあえず観光は町の中心のサントロンツォ広場からスタートした。




広場にあるインフォメーション。残念ながら無料マップは入手できず。


まずは古代ローマ円形劇場。2世紀に作られたと言われていて、当時は2万5000人を収容したらしい。今あるのはその4分の1程度で残りは地中に埋まっているそうだが、驚いたのは今でもコンサートなどで使われていることだ。





つづいてサンタ・クローチェ聖堂。レッチェを代表するバロック建築の建物で、ここにはたくさんの観光客がいた。この土地の建築で使う石は加工がしやすいらしく、緻密な彫刻がところどころにされていた。





教会の天井には絵画が。


 
レッチェ大聖堂。ドゥオーモ広場にある。



大聖堂のとなりの塔



サンタ・キアラ教会。

 


途中でカフェに入りエスプレッソとカルツォーネを食べる。
カルツォーネもイタリア発祥。中にトマトとモッツァレラチーズが入っている。



この町にもあった凱旋門



 

 

観光が終わると、帰りにスーパーに寄ってお土産を探した。
イタリアでお土産なんて高いから無理。お土産は全部ハンガリーで買ってしまおうと思って、ブダペストでいっぱい買ったけど、ここのスーパーは安いし、他であまり見ない調味料もあったのでついつい買いたくなってしまった。



バジルとイカ墨のペースト。パスタにかけるやつ。手前はオリーブ入りの固形スープの素。




ニンニクとかバジルとか唐辛子とかの乾燥させたやつが混じっている。いろんな料理に入れると美味しくなるらしい。



 




圭さんが大道芸に出かえる前にバーでアペリティーボ。アペリティーボとは夕食の前に食前酒を飲むというイタリアの文化で、バーで果実酒などを出してくれる。




でもって、今日もやっぱり圭さんが大道芸から帰ってきたら晩酌。
今日のおつまみはサラダと生ハムとオリーブとほうれん草の炒め物


 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 06:50
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余裕のあるイタリア人、余裕のない日本人。

ヨーロッパ旅 23日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます


レッチェ3日目。
昨日も朝まで話していて、僕は昼前に目が覚めたけど、圭さんが起きてきたのは2時頃だった。



ところで、個人旅行をしない人がよく挙げる理由に「言語が話せないから」というものがある。


確かに言葉が相手に伝わらなければ不安も大きいだろう。
でも、「旅に言語は必要か?」という問いを受けると、僕はいつも「いらない」と即答する。
なぜなら、「こんにちは」「ありがとう」「さようなら」「いくらですか」、この4つの挨拶さえ話せれば旅をしていく上でほとんど問題ないからだ。

宿やスーパー、切符売り場などではだいたい話す内容が決まっている。だから、相手の表情を見ていればなんとなく理解できるし、自分が相手に何かを伝える時も、紙に数字を書いたり、地図を指差したり、ジェスチャーで相手に伝えようとすれば、だいたい理解してくれる。
ただ、そのためには相手が自分の言いたいことを理解しようと努力してくれなければならない。だから、相手に気持ちを伝えようとすることは旅をしていく上で非常に大切なのだ。


もちろん、現地人とコミュニケーションをとったり、旅仲間と仲良くなるためには言語は必要不可欠なものだけれど、本当に言語が話せないと困るのは何か問題が起きた時だけだ。

ちなみに、ここレッチェではどうかというと、イタリア人は英語が話せない人が多く、僕の言葉は通じない。それでも特には困らないのだけれど、必死なジェスチャーなども必要とせず、快適に生活できているのは、圭さんのイタリア語がかなり上手で、全部助けてくれるからだ。

手品をする時もイタリア語で説明し、手品の合間や手品後に地元の人にイタリア語で話しかけられてもほとんど理解して、イタリア語で受け答えしている。

「一応、手品用語はどの国に行っても全部覚えるようにしています」

「特にイタリアは長いですからね。それに、僕は昔、スペイン語をやってましたから。イタリア語とはかなり似ているんですよ」


なるほど。金も持たずに日本を飛び出し、大西洋を手漕ぎボートで渡ろうとしている「ミスター無鉄砲」のような人だけど、だてに11年も旅を続けてこれたわけではないのだなあと思った。






というわけで、昨日予告したように、今日は地元のスーパーに行ってみた。


ここレッチェのスーパーは昼の暑い時間帯に店を閉めているところも多いらしい。だからスーパーに行ったのは夕方になってからだった。

そういえば、ハンガリーのブダペストにいたときも、スーパーは日曜日は休みだったし、他の国でも、夕方の7時くらいにスーパーが閉まる国が多かった。

日本人からすると、「どうしてやってないの!」「日本は24時間スーパーもけっこうあるし、なんて便利なんだろう」と思ってしまうけど、こちらの人から見れば、それが当たり前だから特に困らないのだろう。

便利になれば不便が増える。

そういえば昨日の夜、圭さんがこんなことを言っていた。

「こっちの人は幸せを得る方法をよく知っているんですよね」

お金を得ることのみを幸せと考えるのではなく、いかに生きている時間を充実させ、楽しく過ごせるかを考えているそうだ。
なにも休日や夜遅くまで働かなくたっていいじゃないか。そこで得る賃金よりも、その時間を自分のために使い、家族と過ごし、時間的な余裕をもって生きていったほうが幸せに生きていける。金は必要な分だけ稼げればいい。

戦後、必死に働きながら苦しい時期を乗り越え、経済発展とともに生活が豊かになっていった日本を否定するつもりはないけれど、ここの人たちは長年に亘って培われた文化の中で人生を楽しむ術が養われているような気がした。


レッチェの人たちの生活を見ていると、それが非常に分かりやすい。

ここの人たちは、夕方になると家族や仲間と一緒にまず家の近くのバーに行き果実酒などの食前酒を飲むアペリティーボという習慣がある。アペリティーボが終わったらセントラルに出て夕食を食べる。
食事が終わってもすぐには帰らない。広場を散歩しながら自分のお気に入りのアイスクリーム屋でアイスを食べ、夜中の1時2時まで広場でのんびりしてから家に帰る。

だから、大道芸をやっていても、興味をもったらすぐに足を止める。
すごい芸を見たら拍手し、面白い芸を見たら大人も老人も表情を崩してよく笑う。
良い芸だと思ったら、財布の中から小銭を出して缶に入れ、子どもが喜んでいたら、子どもに小銭を渡して缶の中にいれさせる。


きっと、小銭を渡していた親も子どもの頃には自分の両親からもらった小銭を缶の中に入れていたのだろう。
そんな文化は今の子どもが大人になったときにも子どもに引き継がれていくはずだ。




広場は毎晩こんな感じ





大人も子どもも楽しそう


大道芸に足を止められる余裕がある。
笑ったり、驚いたり、拍手をおくられる余裕がある。
自分が楽しんだことにコインを入れられる余裕がある。

時間だけでなく、心にも余裕があるんだろうなと思う。



日本はどうだろう?
圭さんに聞くと、日本は大道芸をやりにくい国らしい。

大道芸をしていても、足を止めずに横目で見たり、遠くから見て様子を伺ったりする。
芸を見ていても笑う人が少なく、芸が終わる前にその場から離れてしまう。
経済的な余裕はイタリア人よりあるはずなのに、財布の中の100円を入れようとしない。

日本人がケチだとは言わないけれど、日本人は心に余裕がないなあと思う。


日本で生活していた時、僕もそんな感じだった。


中国で生活している時、喧嘩や事故があると不思議なほど多くの野次馬が集まってくるのを見て、「なんて中国人は暇なんだ」と思ったこともあったけど、事故や喧嘩があっても何もなかったかのように横目で見て通り過ぎる日本人のほうが異常なのかもしれない。







閑話休題。
スーパーに行くと、その品数の多さと安さに驚いた。圭さんが特に安いスーパーを教えてくれたのだけれど、でっかりティラミスが3ユーロ、ビールが0.45ユーロ、生ハムやオリーブ、チーズなども日本よりずっと安くて、物価の高いイタリアをびびっていたのが嘘のようだった。

やっぱりナポリ以南のイタリアは物価が安くなるようだけれど、安いと思っていた東ヨーロッパのチェコやハンガリーと比べても同じかそれより安いくらいの値段だった。



スーパー・EURO SPIN


ティラミスがこの量で3ユーロ。
ちなみにティラミスはイタリア発祥で「私を元気づけて」という意味らしい。



今日は圭さんのところのキッチンを使わせてもらい、ちょっとした手料理を振舞うことになっていた。必要な野菜を買い、圭さんはあっという間になくなってしまったストックのビールを18本も買い足してくれた。


部屋に戻ると、圭さんは手品に出かけていき、僕はキッチンで料理にとりかかった。実は今回の旅では費用節約のために自炊しようと日本からいろいろな調味料を持ってきていた。
でも、宿にキッチンがなかったり、観光で疲れ果てて料理をする気にならなかったり、キッチンが他の旅人で埋まっていたりして、ほとんど自炊していなかった。

作ったといえば、パスタを茹でて、瓶詰めのトマトソースをかけたくらい。あとはフランスパンと生ハムとチーズを買ってすませていた。
やっぱり日本人、いくら美味しいといってもパンにはもう結構前から飽きてしまっている。


圭さんが部屋に帰ってきたのは午前2時過ぎだった。
今日のメニューは中米料理のセビッチェ、中華料理の凉拌黄瓜、辣子鶏丁、西紅柿炒鶏蛋、あとは日本の居酒屋料理のジャーマンポテト、鶏の竜田揚げ、鶏汁。

ちょっと期待されていたので、お世話になっている手前もあり頑張ってみた。



鶏の竜田揚げ


中華料理の辣子鶏丁


あまりうまくいかなかった料理もあったけれど、圭さんは全部美味いと褒めてくれた。
もちろん今日買ったビールも大量に冷やしていたので、ビール飲みながら今日も明るくなるまで話し続けた。

 

 

 

 

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 04:24
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ナポリピザとヒロコさん
ヨーロッパ旅 22日目
ただいま、9カ国目
イタリアのレッチェにいます

 


レッチェ2日目。

昨夜も手品を見た後、朝までビールを飲んで、寝たのは明るくなってからだった。

夜中が蒸し暑いのと、最近の生活リズムが狂っていることもあって、今日も3時間くらいしか眠れなかった。まあ、寝ないのは得意なので大丈夫。

 

今日、8月5日は父の誕生日。日本にいても、世界一周をしていても、北京に滞在していても、両親と連絡をとることはほとんどない。3ヶ月に1度連絡すればいいほうで、とくに親や兄弟から連絡が入ることもない。

別に仲が悪いわけではないのだけれど、ただ単に連絡無精なのだ。


そんな僕も、1年に2回だけ日本に必ず連絡を入れている日がある。それが両親の誕生日だ。

連絡無精ではありつつも、両親にはやっぱりそれなりに感謝している。これだけは20歳になってから17年、どこにいようが一度も欠かしたことがない。


今年も父の反応はいつもどおりで、「まあ、ぼちぼち」というものだった。

誕生日電話は今年も2分で終了。電話を忘れずにしたという安堵感を胸に、こころおきなく旅を続けることができる。



今日は平日ということで、圭さんが手品をするのは夜中の10時頃からだという。

週末は人が多いので夕方からやるけれど、平日はだいたい10時くらいから3時間ちょっと。それでもこのレッチェの町は多くの人が夜中になると広場に足を運び、大道芸に足を止めてくれるから、それなりに稼げるらしい。



というわけで、今日は手品の前に一緒にピザを食べにいくことにした。

イタリアといえばピザ。と言い切れないくらいいろいろなイタリア料理があるのだけれど、せっかく南イタリアに来たのだからナポリピザを食べてみたい。


すでにこの町に来て1ヶ月になる圭さんは町のことを知り尽くしていて、日本人女性と結婚したイタリア人が経営しているという人気のピザ屋に連れて行ってくれた。



ピザ屋に行く前にカフェへ。カプチーノは1ユーロ。


ピザ屋につくと、お客さんがいっぱいで、待たなければならなかった。かなり繁盛しているらしい。


「隣に陶器の小物を売ってる店があるでしょ。ここも日本人の人がやってる店なんですよ」


圭さんに教えられて店を見ると、〈HIROKO〉という看板のかかったオシャレな陶器のお店があった。

「すみませーん」と日本語で声をかけると、店の奥の工房からヒロコさんが顔を出した。




人の良さそうな朗らかな顔のヒロコさんはレッチェに住んですでに40年。いろいろな作品を作りながら考古学の勉強もしているらしい。

この夏も1ヶ月間の日本帰国の間に、中国の成都に行きその分野について調べたいと言っていた。


この年にしてこの向学心、見習わなければいけないなあと感心した。



ピザ屋の順番が来たのでヒロコさんにお礼をいってビザを注文する。

ナポリピザとマルガリータのピザを1枚ずつ、それにビールを2本注文した。

出てきたピザは薄生地だけれど、かなりの大きさで1枚食べたらかなりお腹いっぱいになった。

それなのに、値段は1枚5ユーロ前後(650円)。イタリアのなかでも南方は物価が安いというけれど、この値段はかなりお得だと思う。





残念ながら日本人の奥さんは不在だったけれど、味は抜群。機会があれば滞在中にもう一度来たいなと思える味だった。



食事のあと、圭さんは今日もいつものように旧市街に手品をしにいった。僕は2日連続で見にいっていたので、今日は休憩。部屋で圭さんの帰りを待ち、帰ってきたらいつものようにビールで晩酌した。



今日の料理はかなり豪華。バジルのパスタ、美味かった。


こっちに来てからお世話になりっぱなし。お金も払ってないのに同じ旅人の圭さんに全部やってもらっている。

明日はスーパーに行ってみたいし、そこで食材を買って、せっかくだから僕の手料理を圭さんにふるまおうかなと思う。

author:tigerblog, category:ヨーロッパ番外編, 23:33
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